童話書店の夢みるソーネチカ
平衡のシンデレラ

1. Prologue

「日本の童話って聞いて、お前は何が浮かぶ?」

 客足がなく手持ち無沙汰の千花に、柳木が声をかけた。

「ええと、桃太郎とか定番ですよね」

 十七年の人生の中で何度見聞きしたかわからない。それほどに社会に浸透し、昔話の権威ともいえる名前を千花は口にした。

「そうだな。だいたい桃太郎か浦島太郎、鶴の恩返し辺りが挙がりやすい。ちょうどこの時間帯は人が少ねえから桃太郎の話でもしてやろう」

 よしっ、今日は知ってるお話だ!

 不気味に笑う柳木の言葉に千花は内心安堵していた。

 人並みの知識しかない千花にとって、柳木の童話談義に相槌を打つことは極めて難しい。

 題名は聞いたことありますよ、というと決まって冷たい眼差しを向けられる。お前は小さいときに一体何を読んでいたんだ、と柳木の呆れる様子が鮮明に想起され、身構えてしまうのが最近の常だ。

 誰だって有名な絵本しか読み聞かせられないでしょうに。
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