妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
(なるほどねぇ……分からなくはない、かなぁ)


 ついこの間まで、わたしとともに野を駆けずり回っていた男だ。堅苦しい宮殿でいきなり皇太子として仕事をしろっていうのは難しい話だし、環境を整えたいと思うのも無理はない。


(アイツの話が本当なら、いつ後からグサッと刺されてもおかしくなさそうだもんな)


 憂炎なら刺客にも対応できるとは思うが、全く知らない人間をいきなり登用するのも抵抗があるのだろう。わたしは少しだけ憂炎に同情した。


「それに、おまえの能力を以てすれば、東宮さまの補佐など簡単だろう?」


 父様はそう言うと、ニカッと笑いながらわたしの瞳を覗き込んだ。


「そ……れは…………どうでしょう? 買い被りすぎな気が致しますわ」


 答えつつ、わたしは笑顔を引き攣らせる。父様は「そうか?」なんて言いながら呑気に首を傾げていたけど、正直わたしは気が気じゃなかった。

 華凛は大層頭の良い娘だった。知識が豊富なだけじゃなくて、論述や判断力に優れている。その癖『女の幸せは結婚にある』といったタイプなので、科挙試験こそ受けていないものの、その実力は合格は間違いないと謳われたほどだ。

 対するわたしは、勉強方面はからっきし。本を開いても五分でギブアップしてしまうし、そもそも椅子に座ってジッとしていること自体が難しい。


(まぁ……その代わりに憂炎と一緒に武術を習っていたわけだけど)


 そのツケがこんなところで回ってくるとは夢にも思わなかった。
 武に秀でたわたしと、文に秀でた妹。わたしたちは足して二で割ったぐらいが丁度よい姉妹だった。


(無理だ……わたしには憂炎の補佐を出来るほどの能力はない)


 そう思うのに、わたしにはもう切れるカードがない。皇族からの打診――――当然今回も、断るという選択肢は存在しないだろう。


「それで――――お勤めはいつからでしょうか?」

「そこなんだが、東宮さまはかなり急いでいらっしゃるらしい。明日からでも、という話だ。すぐに準備を進めなさい」


 父様はそう言って、ゆっくりと大きく頷いた。


(マジか……本当に急だな)


 ため息を吐きたいのに、それすら許されない――――そんな華凛としての自分が恨めしい。


(もう二度と、関わることはないと思っていたんだがなぁ)


 どう足掻いても、憂炎からは離れられない運命なのかもしれない。そんなことを考えつつ、わたしは小さく首を縦に振る。


「承知しました」


 返答しながら、わたしは心の中でガックリと肩を落とした。
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