妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
 憂炎は少し苛立たし気にそう言うと、グッと身を乗り出してくる。彼は何も言わぬまま、真剣な眼差しでわたしを見つめていた。手合わせをする時のようなビリビリとした緊張感に背中が震える。憂炎が再び口を開いたその時、わたしは反射的に後退り大きく深呼吸をした。


「だから凛風、俺の妃に――――」
「断る」


 きっぱりとそう口にして、わたしは立ち上がる。憂炎も同様に腰を上げた。


「おまえのことは好敵手――――従兄弟だと思って生きてきたんだ。今さらそんな男の妃になんてなれるもんか」

「凛風がそうでも、俺は違う。俺はずっと、凛風しかいないと思って生きてきた」


 憂炎の紅の瞳がこちらを見つめる。炎が揺らめくような、そんな眼差し。わたしは思わず顔を背けた。


(思えば、あいつとわたしはちっとも似ていない)


 世にも珍しい紅色の瞳。親族の中にそんな瞳の人間は居ないから、血が繋がっていないというのは確かなのだろう。
 漆黒の絹のような美しい髪の毛、陶磁器のような真っ白で滑らかな肌に、恵まれた体躯。憂炎は男にしておくには勿体ない、美しい顔立ちをしていた。街に出れば老若男女問わず視線を集めるし、実際に声を掛けられることも多い。いつか憂炎は、良いとこの美しい令嬢を嫁に貰うのだろうと思っていたのだが。


「――――無理だ。わたしにおまえの妃なんて……」


 父は高官だが、わたしは妃なんて柄じゃない。色んな場所に赴き、武芸の腕を磨きながら風のように自由に生きることがわたしの望みだった。堅苦しい後宮暮らしなんて出来る筈がないし、教養だとか慎みだとか、そういうものは持ち合わせていない。


(憂炎がわたしに何を期待しているのかは分からないが)


 人には適材適所というものがある。少なくともわたしが妃に向いていないことは、誰が見ても明らかだった。


「おまえが何と言おうと、もう決まったことだ。覆ることは無い」


 わたしの頬に手を伸ばし、憂炎は言う。
 憂炎の手のひらは燃えるように熱かった。修練のためにゴツゴツしている、いつもと同じ憂炎の手のひらのはずなのに、何だかまるで知らない男のもののように思えてくる。心臓が嫌な音を立てて騒いでいた。
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