政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

その後、国王陛下の執務室に両殿下とともにバーレーン捜索の報告を聞くために集まった。他には宰相のルトリッツ、治安部隊のメルカフなど総勢十名が集まった。

「それでは報告を聞こうか」

陛下が議長となり報告が行われた。

バーレーンは既に国境付近にはおらず、その足取りは消えたように思われた。しかしその後の調べでどうやら密かに王都へと向かったことがわかった。

「一人ではまず王都へ入る城門を潜ることはできないでしょう」

城門は四方にある。それぞれに荷馬車が通る大門と人が通る通用門がある。夜になると出入りは厳重だが、昼間は大勢が利用するため検問は必要最低限しか行われない。それでも人は一人一人手形を確認していくので、怪しい者はすぐ見つかるが、荷物を積んだ荷馬車はひととおり確認はするだけで荷物のひとつひとつまでは確認しない。信用のある商人の荷馬車ならもっとおざなりになる。

「だとすれば荷馬車の方か……」
「今現在四方の城門を潜った荷馬車の記録を、王都に拠点を置く者の分から洗っておりますが、都に出入りする数は膨大ですからすぐにはいきませんが」
「更にカメイラの方面で手を広げている者を中心に探してはどうか?彼の者が何の伝もない者を頼るとは思えない」

「その商人はなぜバーレーンを匿うのでしょう。最早敗戦の将も同然。国にも彼の味方となる者はすでにいない筈です」
「バーレーンにはまだ利用価値がある……だから今も匿っているのではないでしょうか」
「だとするなら、まだ火種は残っていると考えられます」

また戦争が始まるかもしれない。それはこの場にいる誰もが避けたいと思っていることだ。

報告が終わり一旦は解散となり、半分はすぐに持ち場へと戻った。

「リンドバルク、その後どうだ?」

自分もその場を去ろうとしていたところに陛下に声をかけられた。

「陛下に言われたとおりヒギンスに連絡を取り、例の男と接触を試みているところです」
「そうか、そちらも引き続き頼む。バーレーンのことは国家間の問題ではあるが、そちらもことと次第によっては由々しき問題だ。また進捗があれば報告して欲しい。それで彼女はどうだ。変わりないか?」

陛下はもちろん彼女が今現在前世の人格を持って行動していることを知らない。
他にも人はいるため、他の者に不自然に思われない程度の距離を取って小声で話した。

「手紙は読みましたが、今のところ大きな変化はございません。ただ、少しずつ記憶を取り戻しつつあるようです。デビュタントの夜のことなどを語ってくれました。それについては先日の夜会でルクレンティオ侯爵家のヴァネッサ嬢から少し状況を聞いていたようです」
「ヴァネッサ……あの娘か……あちこちの夜会を渡り歩いているそうだな」
「そうですか……ずっと戦地におりましたし、王宮での先日の夜会以降、そういうものには参加しておりませんから。以前はよく警備中に話しかけられましたが」
「ふ……あの小娘の魂胆はわかりきっている。そなたを虜にでもできると思っていたのだろう」
「もしかして……彼女が近づくのをご覧になっていたのですか?」
「たまたまだ。たまたま目にしたことがある位だ。もっとも彼女だけではなく、何人かの令嬢方に未亡人、時には既婚者もそなたの目に止まろうと意識していた。それにまったく気づいていないそなたの素っ気なさが愉快だったぞ」

陛下が気づいていたなら、周りにはもっと気づかれていたということだ。自分がいかにそういうことについて鈍感だったか改めて知った。

「まったく気づいておりませんでした。以後、気を付けます。変に彼女に誤解されては困りますから」
「そう気負うな。これまで通りでよいではないか。彼女たちの無駄な努力が憐れに思えるが、どうせそなたには彼女しか目に写っておらんだろう」
「………確かに……」

少し考えて頷いて答えると、陛下が目を見開いた。

「いかがなされましたか?」
「………半分冗談で言ったのだが、まさか本気で答えるとは」
「そうなのですか?」
「お二人で何を話されているのですか?」

両殿下が近づいて訊ねた。

自分の私的な話が中心とは言え、陛下との会話の内容を自分から伝えるわけにもいかず、陛下の方をちらりと見る。

「夫婦仲良くやっているか訊いていた。どうやら卿はこれまで女性たちに色目を使われてきてもなびかなかったのは、彼女たちの意図をまったく汲んでいなかったようだ。今後も奥方以外全く目に入らないであろうと話していた」

陛下の言葉を聞いて二人が互いに目配せしあった。

「ああ……そうなのですか」
「ある意味彼女たちが可哀想になります。何を好んでこの朴念仁に」
「この顔に騙されているのでしょう」
「いや、兄上。彼女がかなり遣り手なのかもしれませんよ。今まで誰も成し得なかった偉業を達成しているのですから」

オリヴァー殿下が左肩に手を置く。そこは彼女が破瓜の痛みとともに噛んだところだ。やはり先ほど二人には見られていて、それが誰が付けたものなのか気づかれいたようだ。

しかし二人も時と場所を考慮し、それ以上のことは何も仰らなかった。私たちがそれなりに関係を築きつつあることを理解してくれていればそれでいいと思った。
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