政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
辛い……何度も達っているのに、本当に欲しいものが貰えない。

彼の意図はわかっている。

私が傷つき彼との行為に怯えないか少しずつ反応を視ているのだ。

焚き染められた香とバーレーンから注がれる彼の唾液で私の頭の芯がまるでスポンジのようにふやけていたのは事実だった。

ケイトリンとの行為を見せつけながら、バーレーンは私が濡れるのを待っていた。

他人との行為を見て興奮するのが当たり前と思っているのだろう。

しかしケイトリンが喘げば喘ぐほど、私は冷めていった。

愛理であった頃、父が亡くなりずっと塞ぎ込んでいた。夫とも寝室を別にしていて、夜中に喉が渇いたので水を飲もうと部屋を出て、前を通った夫の部屋から聞こえた声に足を止めた。

僅かに開いた隙間から見えたのは、夫と有紗が抱き合う姿だった。
私との時には見せたことがない激しさで、後ろから女にかぶり付くように腰を打ちつける姿に膝が抜けた。

バーレーンとケイトリンの行為はその後の様々な辛い出来事を彷彿とさせるだけだった。

「くそ!まだ足りないのか」

私が自分の思うように反応しないので、苛立ったバーレーンは更に唾液を飲ませた。

『もうやめて……見たくない』

「何を言ってるんだ。わかる言葉で話せ」

気づかなかったが、私は日本語でしゃべっていたらしい。

心が痛めば胸も疼く。体が快感を覚えれば、心も引きずられるのか、それとも心があるから体も反応するのだろうか。

バーレーンたちとあの人たちの姿が重なる。

ずっと裏切られていた。裏切られていてショックだった。
でも私も嫌われても勘当されても嫌なら反抗すればよかったのだ。
気がつけば彼らの人生も巻き込んで、罪のない子どもも傷つけていた。ナタリーの言ったことはそのままあの時の私に跳ね返る。

ーすまない

父が亡くなる間際言ったひと言。

余命宣告を娘に黙っていたこと?
早くに亡くなってしまうこと?
あの人の結婚を勝手に決めたこと?
もしくは全部だったかも知れない。

今はもう訊くことができない。

父は二人の関係に気づいていたのだろう。だからあんな遺言を作ったのだとわかる。


「こいつ、おかしいぞ」

バーレーンが何度叫んでも聞こえない。
私はあの時と同じように心を閉ざした。

何も感じない。そうすればこの苦しみがいくらか軽くなる。これは私の自衛本能だ。

「クリスティアーヌ……アイリ……」

労り慈しむ声が降り注ぎ、止まった私の時がまた動き出す。

今は別の意味で苦しい。

口や手で私の体を知り尽くした男が与える快感に身悶えながら、必死で求める。

「欲しい………熱くて硬いあなたの……」

ちらちらと揺らめく欲望の光を彼の理性が必死で押さえ込み、私の仕草、表情に敏感に反応する。
どこまで触れれば私が堪えられるか、私の中に恐怖が見えないか、窺いながら自分を律する彼の額には汗が浮き出て流れる。

何度も懇願するのにそれでも彼は与えてくれない。口や手では物足りない。熱く脈打つ彼を求めて腰を押し付けると、ようやくその先端が宛がわれ、待ち望んだ刺激に歓喜する。

「く……引き込まれる」

荒い息の中で苦渋に耐えるその声を聞いて、私の中で何かが弾けた。

それと同時に彼の方も堪えていたものが堰を切ったように激しくなり、一気に奥へと突き進んだ。

「……は…あ………」

溶けるような熱が伝わり、彼の切ない声を初めて聞いた。
片肘を突き、もう片方の腕を私の腰に添え、何かを堪え忍ぶように静止する彼の頭頂部を見つめる。

「ルイス……」
「すまない………少し……このまま……」

肩やお腹の筋肉がぴくぴくと震えている。

一度ゆっくりと深呼吸をして、彼が顔を上げてこちらを見た。

何度も見ている筈なのに、一瞬どきりとして息が詰まった。

緑と橙の中に青と黄色が混じりあい、潤んだ瞳にうっすらと涙が滲んでいる。
私も思わず涙ぐむのを堪える。今泣けば私が怯えていると勘違いされるかもしれない。
そっと彼の目尻に浮かんだ涙に触れる。

「すまない……こうして、また君を抱けることが……嬉しい……君の中は熱くて……入れただけなのに……あ……よせ……それ以上絞めるな」

その声を聞いただけで自然に私も収縮し、ぎゅうっと中にある彼のものを絞り尽くすように絞める。

「だめ……その顔は……反則……そんな風に見られたら……」

「君こそ……そんな顔を……はあ……動くぞ」

こくこくと頷くと彼がゆっくりと抽送し始める。中程まで抜いて擦り付けるように奥へと突く。

「もっと……もっと奥へ……」
「力を抜いて……食い千切られそうだ」
「無理……ダメ、『コントロール』がきかない……」

「何を言っている……何がきかない?……く」

無意識に英語が混じっていたようで、彼が訊ね返すが、その言葉をどう表現したらいいかわからない。
ますます激しくなる彼の抽送に翻弄されて、考えが纏まらない。

彼もそれがあちらの世界の言葉だと察したようで、それ以上は追求しない。
溢れる愛液のぐじゅぐじゅという水音が響き渡る。

「……いくぞ……一緒に……」

抜けそうになる程に腰を引いて、彼が両手で腰を掴んで一気に子宮の入口まで突き刺すと、目の前が真っ白になり、最高潮を迎えた。彼も同時に果てて、熱いものが子宮の奥に放たれて、最後の一滴まで絞り尽くすように私も痙攣した。

どさりと力尽きた彼の体が覆い被さり、その重みとともに私の意識も重く沈んでいった。

「ルイスレーン……愛してる」
「私も……愛しているよ」
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