政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
毎朝私は市場へ買い出しに行く厨房担当の使用人と共に荷馬車で出勤する。

麦わら帽子を深く被り屋敷を出る時や戻る時に顔がわからないよう気を使いながら。

帰りはフォルトナー先生の授業が在る時は先生の自宅に伺い、帰りは送ってもらう。
そうでないときは馬車道まで歩いていき、迎えに来てもらうことになっていた。

先生のお宅には二度程お邪魔した。
初めての時は場所を教えてもらうため。
先生は今は奥様と二人暮らし。二人の間には一男二女の子どもさんがいるが、今は全員独立して別に住んでいる。

先生の奥様はぽっちゃりとした料理上手の明るい人で、私はひと目で好きになった。

「お待たせ」

診療所から馬車道までの途中ですっかり買い食いが習慣になっていた私は、その日もドーナツを持って馬車で待つ使用人に声をかけた。
もちろん、彼の分も買ってある。

「いつもすいません」

ひげ面だが、小さな目が人の良さを表しているトムがお礼を言って私からドーナツを受けとる。

甘いものに目がない彼はこれが目当てで私の迎えを買って出てくれている。

「本当は買い食いなんてはしたないってマリアンナが知ったら怒られるんだろうけど、トムも共犯だからね」
「わかっています。そのかわり奥様も女房には内緒で」
「もちろん」

男が甘い物好きだと言うことが知られるのが恥ずかしいらしく、彼は表向きは興味ない風に装っているが、初めの頃、私が食べるケーキを涎を足らすかと思うくらい見つめてきたのを見てすぐにわかった。
あんなバレバレな態度でどうして今までばれなかったんだろう。
もしかしたら、彼の奥さんはすでに知っていて知らないふりをしているのかもしれない。
甘党をひた隠しにする夫への気遣いか。
そんな夫婦もいいなと思う。

二人でドーナツを平らげ、互いに身だしなみ(食べかすが残っていないか)を確認して、侯爵邸へ戻った。

「お帰りなさいませ。お手紙が届いております」
「え……」

表玄関ではなく裏から出入りしているので、そこまで出迎えてくれたダレクが銀トレイに乗せた手紙を差し出す。

この前の夫からの手紙に対する返事が全く書けていない私はぎくりとした。

「旦那様からではありません」
「そう」

明らかにほっとする私はだめな妻だなと思いながら、夫でなければこの手紙は誰からのものなのか。

手に取り明らかに高そうな上質の紙だとわかった。
宛名はクリスティアーヌ・リンドバルク侯爵夫人。裏返して差出人を見ると、王家の紋章をあしらった封蝋がされていた。
差出人の名はエレノア・フラン・エリンバルア。
どこかで聞いたなぁと一瞬考え、それが誰かわかって思わずダレクの顔を見る。

「こ、これって………お、皇太子妃様」

エリンバルアはこの国の名前。フランは皇太子妃に与えられる称号。

届いたのは皇太子妃と第二皇子妃が主催する王宮での茶会の招待状だった。
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