政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

「その情報は確かなのか?」

オリヴァーは目の前にいる部下に訊ね返した。

「はい、昨夜前線の野営地に密かに潜り込んだ者がおり、捕らえたところカメイラからの密偵と名乗ったそうです。どうやらカメイラ国内の有力者が放った者らしく、こちらと取引したいと申し出ているそうです」

オリヴァーは隣にいるルイスレーンに視線を移す。

時刻は深夜。前線からの使者が総大将であるオリヴァーに至急目通り願いたいと秘密裏にやって来た。
オリヴァーは副官のルイスレーンを部屋に呼び、やってきた使者と対峙していた。

「どのような取引かは言っていたのか?」

第二皇子の問いかけに暫く考え込んでいたルイスレーンが使者に訊ねた。

「いえ、詳しいことは直接話すと、ただ、こちらにとってかなり有利な話だとは申しておりました」

「それで私に前線まで来いと言うのだな」
「罠かもしれません。迂闊に動かれては……待ち伏せか、殿下が留守の間にここを襲ってくることも……」
「誰の使者かは言わなかったのか?」
「大公に近しい者だと」
「大公の?」

今回、密偵を寄越したのはどちらの大公なのか。それとも両方か。

「本当に密偵なら見つかった時点で正体を明かすようなことはするまい。その場で自害をしても不思議ではない。それを取引と言っているのだから目的はそちらなのだろう。どう思う?」

オリヴァーがルイスレーンに訊ねる。
言われて視線を合わせれば既に心は決まっているようだ。

「殿下の決断に従います。今はこの膠着した状態を少しでも打破する糸口があるなら、試してみる価値はあるかと」

副官としてそれを援護する。

このまま放置すれば戦は一年にも及ぶに違いない。
今、向こうから差しのべてきた手を握ることで戦局が動くなら、それに賭けてみるべきだ。

「ただし、密会場所はこちらで手配する。周囲に兵も潜ませる。念のためあちらから他に敵兵がいないかも探るように。万が一、向こうの罠だったことも考え、そなたは砦に残れ」

オリヴァーがルイスレーンに命令する。

「ですが殿下……」
「二人が罠に落ちれば忽ち指揮系統が乱れる。心配するな精鋭を連れて行く。話の内容によっては王都へ走ってもらうことになる。すぐに発てるよう準備をしておけ」
「御意」

面会にはベルトラン砦の城主も同行する。カメイラ国の大公と交流のあった彼はもしかしたら密偵の素性を確定してくれるかもしれないからだ。

それからその日のうちに砦から前線の中間にある水車小屋で会う手筈が整えられた。
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