政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

人払いをして、二人きりになる。

「……これで、カメイラとの戦も終結するな」
「さようでございますね。これも陛下と殿下が……」
「クリスティアーヌにも寂しい思いをさせた。戻ったら、改めて二人で余に顔を見せにこい」

妻の名前を聞いて、先ほどのことが脳裏を過った。

「……陛下にお気を配って頂き、恐悦至極にございます」
「気にかけるのは当然。あれをそなたに目会わせたのは余だからな。そなたには申し訳なかったが、そなた以外にあの娘を任せられる者が思い付かなかった。王家の血筋とは言え、あれには権力も財産もない。加えて育った環境のせいで苦労をさせた」
「そのような……もったいなきお言葉です。いずれ私も家のため嫁を娶らねばならなかったのです。陛下にそのようにおっしゃっていただき、私のような若輩者に大事な血縁の姫を任せていただけるなど、臣下としてこの上ない名誉でございます」
「あの子の父親が亡くなったことは人づてに聞いていたが、あの頃は余も王妃を亡くしたばかりで余裕がなくてな。弟が子爵位を継ぎきちんと面倒をみていてくれているだろうと、特になにもしなかった。きちんと処遇について手配してやればと後悔しているのだ。まさか、あのような極貧生活を送っているとは知らなんだ。だからあの子の今後については色々気にかけてやりたいのだ。実は少々心配な噂を耳にしたが、何かそなたの留守中に問題があったようだな」

彼女の記憶喪失のことを指しているのだとわかった。皇太子妃さまたちもご存じなのだから、陛下の耳にも入っているのだろう。

「………問題……陛下のお心を煩わせて申し訳ございません……私も前線で野営していた頃のことで、邸の者からの知らせを見たのも随分後になってからでございまして……」
「そなたを責めているわけでない。もしそなたが望むなら勅命は他の者に託して邸に立ち寄ってもいいのだぞ」

まさかの国王の提案に驚いた。しかし答えは決まっていた。

「ご配慮感謝いたします。しかしこれは私の任務です。大事な勅命を私事で他人に任せることはできません。それに、私が戻ったからと言って妻の容態が変わるわけでもありません」
「しかしな……」
「それに、既にかつて陛下の主治医であらせられたベイル殿にも診ていただいたとのこと。あのお方の診断でも、すぐにはどうにもならないとのことでした」
「ベイル……ニコラスか」
「はい。私の恩師、フォルトナー氏の紹介で」
「そうか………」
「それに、この件がうまく行けば近いうちに正式に王都への帰還も叶うでしょう」

王の配慮は有り難かったが、今日偶然出会った彼女は自分が記憶し、想像していたより遥かに元気そうだった。

「エレノア様やイヴァンジェリン様にも妻についてはお心を砕いて頂いている様子。今は国政の大事な局面でございます。私事で勝手はできません」

「そこまで言うなら……これ以上は申さぬが……」

忠臣としては立派な心がけだが、夫として一人の男として女心をまるで解していないルイスレーンの対応に王は改めて彼の生真面目さを実感した。

その実直さゆえ、ひとたび妻としたからには恐らく彼は妻に不自由な思いはさせないだろうし、自ら妻を蔑ろにすることはないだろう。
単に侯爵夫人という立場だけを望むなら、理想の夫と言えるかもしれない。

その点に関して言えば今度の人選に間違いはなかったと言える。
彼はクリスティアーヌを娶ることを無条件に受け入れた。

何が彼にそうさせたか。

無論、自分が、国王がこの話を持ちかけたからだからだが、彼には断るという選択肢もあった。

ダリウスとてただ王家の血筋の彼女が不憫だと思った程度のことだった。
身分で言えば王位からは遥かに遠い。
しかし、彼女の瞳は紛れもなく王家の血を引いていることを示していた。
彼の瞳は茶の混じった金。
反してクリスティアーヌは美しい日輪が掛かった金だった。
血統では勝っていても彼も、彼の息子も誰も持たなかった日輪の瞳。

だからと言って彼女の王位継承の順位が上がるものではないが、そんな彼女を利用しようとする輩が今後出ないとは限らない。

あの子爵…彼女の叔父であるモンドリオール子爵が彼女の価値に気づくとは思えないが、欲深い男だ。利用できるものは何でも利用しようとするだろう。

ー過去を忘れたなら、それがクリスティアーヌにとっては幸いかも知れない。
忘れた方がいい過去だってあるのだから。

「引き止めて悪かった。オリヴァーにもよろしく伝えてくれ。無事の帰還を待っているとな」

道中気をつけて行け。

最後にそう言って王はリンドバルク侯爵を送り出した。
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