政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
クリスティアーヌが倒れて記憶喪失だということをルイスレーン様は知っている。
スベン先生やニコラス先生の診断結果も既に報告済み。

でもダレクも私も目覚めたクリスティアーヌの中身が別人になっていることは彼にはまだ打ち明けていない。

どうしてそうなったのかわからない。
クリスティアーヌの前世が愛理で、突然過去の記憶を思い出してクリスティアーヌの記憶を失ったのか、クリスティアーヌの魂が消えて愛理が入り込んだのか、はたまたクリスティアーヌが多重人格なのか。まだ何もわかっていない。

戦地への手紙には検閲が入ることはわかっていたし、こんなこと手紙には書けない。

しかし、ルイスレーン様がここに戻ってきて毎日顔を会わせるとなると、私の異変に気づくだろう。そうなればこのことを話さなければいけない日がくる。

ダレクやマリアンナ、フォルトナー先生は真面目にこの話を訊いてくれたが、はたして皆もどこまで理解してくれているのかわからない。
適当に話を合わせてくれているだけかもしれない。

いつどうやって話すか、話したところで頭がおかしくなったと思われるだけかもしれない。

そんなことを悶々と考えているうちにどんどん時間は過ぎていく。

思いきれない、私の悪い癖だ。

ルイスレーン様のことは考えても仕方ないことなので、先にもうひとつの問題を片付けることにした。

「ニコラス先生……お話があります」

いつぞやと同じパターンだと思いながら診察を終えた先生を掴まえて声をかけた。

「そろそろ来る頃だと思っていた」

私が何の用件で声をかけたのか先生は既に察しているようだ。
ルイスレーン様やベルトラン砦に駐屯していた軍隊が戻ってくることを知らない王都民はいない。

「侯爵が帰還してくるなら、暫くはここに来られないな。それとも辞めるか?」

執務室に戻り応接椅子に腰掛けたニコラス先生が切り出す。

「辞めたくはありません。できれば……先生が認めてくださるならこのままここを続けたいです。虫のいい話だとはわかっています。気が向いた時だけ来るような者を雇用し続ける必要はありません」
「普通ならそうだな」

クビだ。そう言われることは覚悟している。
設備のことや何か、全く役に立っていないとは思っていないが、無くてはならない人材だと言われるほどの働きは出来ているとは思っていない。

「実は、陛下から人手を回していただけるという申し出があった」
「陛下から?」
「この前ここでお会いしてすぐだ。あの時、陛下はこの戦争はもうすぐ終わるとおっしゃった。そうなれば侯爵も戻ってくる。だからこその采配なのだろう」

国王陛下は私がそのうちここに来られなくなると思い、代わりに人を手配していた。

「こちらも人手は欲しいところだ。せっかくの申し出なので受けようとは思う」

「そうですね」

「今度は侯爵の許可をもらった上で戻ってこい。いつでも歓迎する。クリスティアーヌのお陰で他に自慢できるような設備ができた。私たちの知らない知識で随分助かった。できれば時々でいいから来てもらえるとありがたい」

「先生」

私の代わりは簡単に見つかるのかとがっかりしたが、先生が私のやってきたことを評価してくれてちょっぴりだが自信が持てた。
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