政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
★
二人でクレープを買い求める。
王都にこんな店があり、こんなに大勢の人が並んでまで買っているとは思わなかった。
渡したクレープのひとつを自分にと渡され驚いた。
背も高く長髪のかつらを被り髭を付けた男に、明らかに女性が好むような食べ物が似合うとはとても思えない。
甘いものは苦手だと何故か言えずひとくち頬張った。
本当に久しぶりに食べた甘い食べ物は、なぜかいつもと違った。
普段は食べないが体が甘いものを欲していたのかもしれない。
「おいしい」と素直に呟くと、嬉しそうに彼女が微笑んだ。
怯えた顔、泣いた顔しか知らなかった彼女の初めて見た笑顔。
心臓が鷲掴みにされた感覚だった。
これは自分に向けられた笑顔ではない。
ルーティアスも自分なのになぜか胸がむかつく。
久しぶりに摂取した糖分が脳と心臓を侵したとしか思えない。
今度は是非奥さまと一緒にと言われて二人でクレープを食べている場面を想像する。
はたしてルイスレーンとしての自分に彼女は同じように笑顔を向けてくれるのか。
戦争が終わり自分が戻ってくることに彼女は不安を抱えている。
そのことに苛立ちを覚える。
互いに殆ど何も知らないうちに夫婦になったのだから不安なのはわかる。
しかも彼女には以前の記憶がない。
自分とは違う不安を抱えているのは当然だ。
彼女の望む夫婦とはどんなものなのか。
返ってきた答えに戸惑った。
その夫婦なりの形?すっきりしないが、いつの間にかクレープを食べ尽くしてしまい、もうそろそろ戻るべきだ。
これから戦後の後処理など、まだまだやるべきことは山ほどある。
彼女と別れ砦に戻ってからも、彼女との再会を考えて悩む。
「アイザック」
「はい、なんでしょう閣下」
王都に戻るための荷造りに忙しい侍従に声をかける。
「夫婦とは……理想の夫婦の形とは何だ?」
「……………………」
「アイザック?」
返事がないので再び問いかける。
「………すみません。自分はまだ独身ですのでわかりません。既婚者の方にお訊きしてください」
「そうか」
あっさり引き下がってくれてアイザックはホッとして再び仕事に戻りかけた。
「では、恋をしたことは?」
ぱさりと手にしたシャツを落とし固まる。
「……………なぜそのようなことをお訊きになるのかわかりませんが………恋人はおります」
ひきつりながら侍従が答える。
「その女性とはもう長いのか?」
「一年程になります」
「やはりアイザックから交際を申し込んだのか?」
「………はい」
「なぜその女性と付き合いたいと思った?」
「……好き……だからです」
「好き……どういう気持ちが『好き』というものなのだ」
「…………その………いつもその女性のことが頭から離れず………」
「それでは他のことが考えられないではないか。いつもとは四六時中ということか?寝ている間も?」
「いえ、もちろん業務中は仕事に専念しております。自分が言ういつもとは、その休憩時間とか寝る前とか、ふとした時に思い出すという事で……もちろん寝ているときはちゃんと寝ていますが、時々夢には出てきます」
「そんなものか、他には?」
「ほ、ほか?えっと、彼女を笑顔にしたいと思います。それが自分に向けられるととても嬉しくて、その笑顔をつくったのが自分なら尚更嬉しいというか……」
「それはわかる。アイザックや殿下や身近にいる人だけでなく、エリンバウアの民が笑顔で過ごせるように尽くすことが喜びだ」
最初の辺りはよくわからなかったが、誰でも悲しんだり苦しんだりした顔より笑顔がいいに決まっている。
「いえ……私の言いたいことは……ちょっと違う……」
自信なさげに次第にアイザックの声が小さくなる。
「違う?しかし……笑顔にも種類があるのか?」
「いえ、そうではなく………自分の力で幸せにしたいと思い、そのために自分のできることは何か一生懸命考えて……それが成功した時には天にも昇る気持ちで……逆に悲しそうにしていたり辛そうにしていたら自分にも半分……いえ、全部預けてくれたらと……悲しみは半分に喜びは倍に分かち合いたいと思います」
「悲しみは半分に、喜びは倍に……」
「すみません……あまりうまく言えませんが……なぜ急にそんなこと」
なぜと言われて今度は自分が答えに詰まった。
「なぜ……なぜだろうな。私にもわからない」
それきりルイスレーンは黙ってしまい、アイザックは首を傾げながらも作業に戻った。
アイザックから聞いた「恋」というものにこの気持ちが当てはまるのかわからない。
だが少なくとも彼女に抱く気持ちは今まで誰にも感じたことのない、特別な何かなのは間違いない。
もうすぐ王都へ戻る日がくる。
ルーティアスに向けたあの笑顔を、彼女は夫である自分に向けてくれるだろうか。
二人でクレープを買い求める。
王都にこんな店があり、こんなに大勢の人が並んでまで買っているとは思わなかった。
渡したクレープのひとつを自分にと渡され驚いた。
背も高く長髪のかつらを被り髭を付けた男に、明らかに女性が好むような食べ物が似合うとはとても思えない。
甘いものは苦手だと何故か言えずひとくち頬張った。
本当に久しぶりに食べた甘い食べ物は、なぜかいつもと違った。
普段は食べないが体が甘いものを欲していたのかもしれない。
「おいしい」と素直に呟くと、嬉しそうに彼女が微笑んだ。
怯えた顔、泣いた顔しか知らなかった彼女の初めて見た笑顔。
心臓が鷲掴みにされた感覚だった。
これは自分に向けられた笑顔ではない。
ルーティアスも自分なのになぜか胸がむかつく。
久しぶりに摂取した糖分が脳と心臓を侵したとしか思えない。
今度は是非奥さまと一緒にと言われて二人でクレープを食べている場面を想像する。
はたしてルイスレーンとしての自分に彼女は同じように笑顔を向けてくれるのか。
戦争が終わり自分が戻ってくることに彼女は不安を抱えている。
そのことに苛立ちを覚える。
互いに殆ど何も知らないうちに夫婦になったのだから不安なのはわかる。
しかも彼女には以前の記憶がない。
自分とは違う不安を抱えているのは当然だ。
彼女の望む夫婦とはどんなものなのか。
返ってきた答えに戸惑った。
その夫婦なりの形?すっきりしないが、いつの間にかクレープを食べ尽くしてしまい、もうそろそろ戻るべきだ。
これから戦後の後処理など、まだまだやるべきことは山ほどある。
彼女と別れ砦に戻ってからも、彼女との再会を考えて悩む。
「アイザック」
「はい、なんでしょう閣下」
王都に戻るための荷造りに忙しい侍従に声をかける。
「夫婦とは……理想の夫婦の形とは何だ?」
「……………………」
「アイザック?」
返事がないので再び問いかける。
「………すみません。自分はまだ独身ですのでわかりません。既婚者の方にお訊きしてください」
「そうか」
あっさり引き下がってくれてアイザックはホッとして再び仕事に戻りかけた。
「では、恋をしたことは?」
ぱさりと手にしたシャツを落とし固まる。
「……………なぜそのようなことをお訊きになるのかわかりませんが………恋人はおります」
ひきつりながら侍従が答える。
「その女性とはもう長いのか?」
「一年程になります」
「やはりアイザックから交際を申し込んだのか?」
「………はい」
「なぜその女性と付き合いたいと思った?」
「……好き……だからです」
「好き……どういう気持ちが『好き』というものなのだ」
「…………その………いつもその女性のことが頭から離れず………」
「それでは他のことが考えられないではないか。いつもとは四六時中ということか?寝ている間も?」
「いえ、もちろん業務中は仕事に専念しております。自分が言ういつもとは、その休憩時間とか寝る前とか、ふとした時に思い出すという事で……もちろん寝ているときはちゃんと寝ていますが、時々夢には出てきます」
「そんなものか、他には?」
「ほ、ほか?えっと、彼女を笑顔にしたいと思います。それが自分に向けられるととても嬉しくて、その笑顔をつくったのが自分なら尚更嬉しいというか……」
「それはわかる。アイザックや殿下や身近にいる人だけでなく、エリンバウアの民が笑顔で過ごせるように尽くすことが喜びだ」
最初の辺りはよくわからなかったが、誰でも悲しんだり苦しんだりした顔より笑顔がいいに決まっている。
「いえ……私の言いたいことは……ちょっと違う……」
自信なさげに次第にアイザックの声が小さくなる。
「違う?しかし……笑顔にも種類があるのか?」
「いえ、そうではなく………自分の力で幸せにしたいと思い、そのために自分のできることは何か一生懸命考えて……それが成功した時には天にも昇る気持ちで……逆に悲しそうにしていたり辛そうにしていたら自分にも半分……いえ、全部預けてくれたらと……悲しみは半分に喜びは倍に分かち合いたいと思います」
「悲しみは半分に、喜びは倍に……」
「すみません……あまりうまく言えませんが……なぜ急にそんなこと」
なぜと言われて今度は自分が答えに詰まった。
「なぜ……なぜだろうな。私にもわからない」
それきりルイスレーンは黙ってしまい、アイザックは首を傾げながらも作業に戻った。
アイザックから聞いた「恋」というものにこの気持ちが当てはまるのかわからない。
だが少なくとも彼女に抱く気持ちは今まで誰にも感じたことのない、特別な何かなのは間違いない。
もうすぐ王都へ戻る日がくる。
ルーティアスに向けたあの笑顔を、彼女は夫である自分に向けてくれるだろうか。