雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない



不承不承の婚姻だろうに、こういう所に彼の本来の優しさがあるのだろうなあとリサは思う。笑顔、だなんて贅沢は言わないので、せめて眉間の皺を消してもらえたらいいのだけれども、それを頼むのもなあと二の足を踏む。この関係性に不満があるのはお互い様だ。雑草を押し付けられているうえに、さらにいらぬ苦労を背負い込んでいる。これ以上彼に負担をかけるのも可哀相だろうと、リサは軽く首を横に振る。

「いえ、ちょっと、喉が渇いたなあと」

 スルリと飛び出たでまかせだったが、「どうぞ」とディーデリックがグラスを差し出した。中身は王妃がお勧めしていた果実酒で、淡い色が天井の光を受けてキラリと輝いている。

「……ありがとう、ございます?」

 とりあえず受け取るしかなくそうするが、はたしてこれは正解なのかとリサは首を捻るしかない。

「俺にはないのか?」
「陛下は先程お召し上がりになったでしょう」
「そこは気を利かせてもう一杯どうですかと」
「飲み過ぎて醜態をさらされても困りますし」
「果実酒程度で酔うわけないだろう」
「万が一でも王妃様のご迷惑になるような危険の目は潰すに限りますから」
「あ、あの、わたくしは大丈夫ですよ? 陛下はご立派な男性ですし、どうぞお好きなだけお飲みになって?」
「王妃殿下、今から甘やかしてはなりません。ここは厳しく躾けていかなくては」

 えええ、と戸惑う王妃と、それを見て柔らかな笑みを浮かべる国王、そんな二人の前でだけは、眉間の皺も和らぐ騎士。

 これっていいんだっけ? とリサは小さく首を傾げる。

 王妃と寵姫が仲睦まじくしているのも正解なのかどうなのかリサには分からない。そして国王と寵姫の夫も気さくな感じで話をしているのはどうなのだろうか。少なくともここの二人はもう少しギスギスしたフリをしていた方がよいのではないか。

 娶ったばかりの妻を寵姫として主君に奪われた、というのがとりあえずの筋書きであったはず、なのに――

 周囲からはひそひそとした声が上がる。どうにも訝しがっているようだ。いやそうよねそうよ分かる分かるわあ、とリサは大きく頷いた。
 和平のために結婚した国王と隣国の姫、の間に突如現れた寵姫、は国王の護衛の騎士の妻、という地獄の様な関係の四人が和気藹々としている姿など、混乱を招かないはずがない。

 ――いややっぱりこれだめでしょ!!

 初手からすでに計画の躓きをリサはひしひしと感じた。

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