雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない

「……え、どうかなさったんですかティーア様?」

 美しさと可愛らしさの共存という奇跡の存在である王妃が、まるで仮初めの夫の様に眉間に皺を浮かべているのにリサは驚く。しかしそんな表情をしていても尚、損なわれないその美貌にはさらに驚いてしまうが。

「お姉様は昔、結婚するなら強い方がいいって仰っていたけれど覚えていて?」
「そう言えばそんな事も言っていましたねえ」

 結婚する気はさらさら無いけれど、それでももし万が一、として考えるなら自分が尊敬できる相手がいいと、そんな意図で口にしていた。どうしたってリサが得られなかった物理としての強さ。もちろん暴力ではない、強気を挫き、弱きを助けてくれるそんな力を、強さを持った相手ならば、欠片程度ではあるけれども生涯を共に過ごしたいと思う、かもしれない。

「……でも今はお姉様より語学の能力が優れた方がいいって……」
「ティーア様のおかげで完全にイーデンとの和平は成立しましたしね。周辺諸国との関係も良好ですし、やはり知力です知力。知に勝るものはありません」
「だったらディーはお姉様の理想を体現していると思うの! ずっと陛下の護衛を務めているし、それこそ戦の時の活躍で若干二十歳であの地位まで登りつめたのだから、お姉様の始めの頃の条件に合うわ。今の条件だって、ディーなら」
「そう! あの人いつの間にか七カ国語を話せるようになっているの凄いですよね!」

 リサは三カ国語を流暢に操り、罵詈雑言ならば七カ国語を習得している。しかしディーデリックは罵詈雑言、ではなく日常会話として七カ国語を自分の物にしていたのだから驚きだ。

「でしょう! だったらやっぱりお姉様とディーは無理にお別れしなくても」
「あんまりにも悔しいので八カ国目を覚えましたからね。もうすぐ九カ国目も覚えられます。あ、海の向こうにあるハリア国の言葉ですので、もしティーア様が外遊で訪問される事があれば、私が通訳しますね」
「それは……とても嬉しいのだけれど……」
「ディーデリック様は私より一つですが年下なのに、ご自身の存在で他人に何かを学ばせるのは素晴らしいですよね。とうとう眉間に皺のないお顔を見る事はありませんでしたが、人として尊敬するばかりです」

 うんうんとリサは大きく頷く。ついぞ和解はできなかったが、彼と過ごした日々は無駄だとは思わない。
 そうして一人感慨に耽っていたために、リサはティーアの呟きに気が付かなかった。

「――お姉様は語学よりも男心を学んだ方が良いと思うの……」




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