愛されない貴妃の、想定外の後宮譚






「考えていることが、全て言葉に……出てしまう?」


 私が想像していた呪いとは、一味違うようです。

 正直に申しますと、もう少し深刻な、重めの呪いなのではと思っておりました。例えば、

『眠るたびに物の怪(もののけ)に襲われる夢を見る呪い』とか、『口にする言葉が全て現実のものとなってしまう呪い』とか。
 もしくは、誰とも会いたくないという今の状況から察するに、『会って話した者を必ず殺してしまう呪い』とか。

 それなのに実際は、『考えていることが、全て言葉に出てしまう呪い』ですと。

 ……何だか少々滑稽で、大きな害のない呪いのように思うのですが。


「陛下。思ったことを全て口に出してしまうと、何か問題でもあるのでしょうか」
「春麗! 何を言うのだ! 皇帝という立場で、自身の思うがままに言葉を発してしまうなど、大事にもほどがある。ちなみにそんなことは置いといて、何で春麗《しゅんれい》は今日もそんなに可愛らしいのだ」


(……?)


「陛下……今なんと仰いましたか?」
「春麗はなぜ今日もそんなに可愛いのか、と言ったのだ。色白でほっそりとした手、艶のある黒髪、色を宿した瞳。とんでもなく可愛いのを自分で全く自覚していないところがまた最高である」
「……」
「もう、可愛すぎて、近くにいたら仕事にならんからなるべく顔を合わせるのを避けていたと言うのに。うわっ、やめてくれ。そんなに至近距離から見つめられると、幸せのあまり失神してしまいそうだ」


 あの……どなたか。
 陛下がおかしなことを口走り始めたのですが、これが陛下にかけられた呪いでしょうか?

 この三年、後宮に侍る妃として過ごしてまいりましたが、一度だってこのようなお誉めの言葉を頂いたことはございません。陛下の口から《《可愛い》》などという単語が出て来ることすら、驚きでございます。

 そもそも、私一度たりとも陛下の閨《ねや》に呼ばれたこともございませんし。てっきり陛下に嫌われているものとばかり思っておりましたが……


「陛下。私とどなたかをお間違えではないでしょうか。私は曹 春麗(そう しゅんれい)でございます。貴妃として陛下の後宮にはおりますが、何もお役に立てていない、妃嬪の一人に過ぎません」
「春麗こそ、何を言っているのだ。私が幼馴染である春麗を他の者と間違うわけがないではないか。本当は春麗を毎晩のように閨に呼びたいのだが、子供の頃から私が春麗一筋であることを皆に知れてしまったら、それって一体皇帝としてどうなんだろ? と思ったり、春麗に嫌われたらどうしようかと怖くなって、声をかけられないだけだ」
「……でっ、ですが、陛下。陛下が即位されて、既に三年。いくらなんでもその間に私以外の妃を寝所に呼んでいらっしゃるのでは……」
「春麗のことが好きすぎて、他の妃など目に入らぬ! 無理!」


 想像だにせぬ陛下のお言葉に、ただただ目を丸くして見つめるしかない私。
 そして、呪いのせいなのか、ご自身でペラペラとお話なさったあとに「しまった!」という顔をして敷布に顔を埋め、顔を真っ赤にして恥ずかしがる陛下。

 私はこの後、どのようにすればよろしいでしょうか?


「春麗《しゅんれい》」
「……はい、陛下」
「皇帝として、頭で考えたことを全て口に出してしまうという呪いは致命的……いや、《《恥》》命的なのだ。恥ずかしい、誰にも言えないような心の声まで、全て他人に聞かれてしまうということなのだ」


 確かに、人は誰しも、心に秘めておきたい想いがあるものでございますよね。かくいう私も、幼い頃より陛下のことだけを一途に想い続けて来たこの恋心は、できれば隠しておきたい秘密でございました。

 でも……

 今は、陛下にだけ恥をかかせるわけには参りません。

 陛下にお仕えする後宮の妃として、まずは私が率先して辱《はずかし》めを受けなければならないのでございます。


「陛下!」
「……! なんだ、突然大声を出して。驚くではないか」


 青白い顔をしている陛下の両頬に、そっと手を当てて。
 私はじっと陛下を見つめます。


「私は、幼い頃よりずっと陛下のことをお慕いしておりました。私のことを《《可愛い》》と言って頂けて、春麗は幸せ者でございます。私は決して陛下のことを嫌ったり致しませんし、この呪いがご政務に障るようでしたら、私の全てをかけて陛下をお支え致します」
「春麗……」
「これからは心の中に留めず、私への気持ちを今のように言葉にして伝えて頂けますか? 私実は、この三年とても寂しい思いを致しました。陛下が私のことなどすっかりお忘れになってしまったのではないかと……」
「何を言うのだ! 私が春麗のことを忘れるわけがないではないか! 」
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