真面目系司法書士は年下看護学生に翻弄される

半年前



林は1年前に起こった出来事を夢だったと思うようにしていた。あの半年間はまるで別世界にいるようだった。

自分には不釣り合いな、若くて可愛らしい女性と毎晩一緒に抱き合った。美味しい食事に面白い会話、家に帰るのが楽しみで自分に分不相応なことも忘れていた。

「猿猴月を取る(えんこうつきをとる)」 猿が水にうつる月を取ろうとして溺れ死んだこと。ことわざだが、まさに 自分の能力をわきまえず、欲張ったまねをして失敗したということだ。

彼女が突然いなくなり、今どこで何をしているのか全く消息が掴めない。しかしそれは彼女が望んだものであり、自分の前から姿を消した事は計画的だったと理解している。

なぜなら住むと言っていた寮にも務めると言っていた病院にも彼女はいなかったからだ。

気になるのは僕にまとめて返済した70万円の現金の出所。やはり体を売る、愛人になるなどして作ったのではないだろうか……それだけが心配だが、彼女が決めたことなので僕はもう口出しできない。

そんなお金どうでもよかったのに。

自分は同世代の女性とお付き合いをし、それぞれ自由気ままに生きて、老後は共にゆっくり過ごせるような結婚を考えていた。

職場で30代の女性からはアプローチを受けることも多少はあった。
次に付き合えばその人と結婚することになるだろう。年齢的にも間違いない。

今は田舎の両親が孫を望むことは諦めたと言ってくれたので少し気が楽になっていた。

最近、職場の後輩に感化され自分も色々と勉強を始めた。

後輩の女性、藤野さんは情報システム部から法務部へ移動してきた。一足飛びに弁護士を目指すらしい。
藤野さんは、全く法に関する知識もないまま、始めた学習により得た知識を、なんなく自分の物にしている。彼女ならば成し遂げられるであろう気迫を感じる。脳の作りが凡人ではないのだろう。

影響されて自分も弁護士!とまでは考えないが、もう少し、代書屋として仕事の幅を広げることはできるのではないか。

独立も踏まえていろいろ勉強しだした。蓄えは今まで独身でいた分そこそこある。新しく何か始めるのならば、そのタイミングは誰かの責任を負わない独り身の方がやりやすい。

晩御飯は以前の一人暮らしの時と同じようにコンビニで弁当を買って食べることが多くなった。自炊はやはり得意ではない。

毎日冷凍庫から一粒味噌玉を出して、お湯に溶かして飲んだ。まとめて作っておいてくれたらしく何十個も丸めて入っていた。

数が少なくなってくると半分にして味の薄いみそ汁を作った。

最後の一粒になった時彼女に会いたいと思った。
< 62 / 71 >

この作品をシェア

pagetop