【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第4話 弱み……握れません!

『旦那様! また今日もリーリエ・ヴェルナー様にこっそりと話しかけたとか。お茶会でクライン公爵夫人から注意を受けましたわ』
『ターナ、違うんだ……! ただ、昔の仲間として挨拶をしただけで……』
『ご挨拶をなさっただけでも、周りの方は勘違いなさるんです! 旦那様がリーリエ様にベタ惚れだったことは、社交界の方は皆さんご存知なんですからね!』
『ターナ……』

 ――またお祖父様とお祖母様がケンカしている。

 ヴェルナー前侯爵夫人のリーリエ様にぞっこんだったお祖父様は、こうしてお祖母様と結婚した後も何十年も、リーリエ様への想いを断ち切れていない。
 お祖母様もそれを承知で「私がテオドール様の傷を癒して差し上げます」なんて言って結婚したクセに、結局こうして年がら年中ケンカする羽目になっている。

 人の気持ちなんて、移ろうもの。曖昧なもの。

 一度きりの人生をそんな曖昧なものに左右されるなんて、私は絶対にイヤ。

 政略結婚の相手が私のことを大切にしてくれるなんて限らない。浮気するかもしれないし、病気になるかもしれないし、犯罪に手を染めちゃうなんてこともあるかも。
 そんな時、自分の責任でもないところで人生を狂わされるなんて耐えられる? 私は絶対に無理よ。

 私はもう、お祖母様と同じ(てつ)は踏まない。

――しっかりと一人で生きていくために、これまでずっと努力してきた。
 もし国王陛下の下で成果を出せなかったとしても、それは全て自分の責任。他人に左右されず、自分の責任で人生を決めていくんだ!

「マリネット、また父上と母上がヴェルナーのせいで争っている。お前は王城に言ったら、必ずやあのヴェルナーの孫をこてんぱんにしてやるんだぞ!」
「ヴェルナーのせいで争っているのではなく、お祖父様の振る舞いの問題だと思いますが……。どちらにしても、私もあの不機嫌顔の失礼なラルフ・ヴェルナーとかいうヤツには怒り心頭なので、絶対に負けません!」

 今までの努力をせっかく国から認めて頂いたんだもの。この恩に報いるため、ジーク国王陛下を立派にお育てしてみせる。
 あの不機嫌騎士と二人で協力して働かなければいけないなんて思うと憂鬱だけど、あんな人を相手にしている暇はない。同じステージに立っちゃダメ。別の次元に住んでいる人だと思って、意識しないようにするわ。

 私が心を向けるのは、ジーク国王陛下だけなんだから。


◇ ◇ ◇


 ――なんて強がってはみたけれど、そんなに甘くはいかないみたい。

 あれ? 今って春だったわよね?
 この王城の庭園も色とりどりの花が咲いているし、空気もポカポカ。どこを見渡してもみんな足取り軽く笑顔なのに。

(どうしてこの部屋だけまた、猛吹雪(ブリザード)なの?)

 テーブルに置かれた紅茶の香りだけが、私の緊張した心を少し和ませてくれる。ティーカップから少し目線を上げると、テーブルの向こうに座っているのは……

 護衛騎士ラルフ・ヴェルナー。

 どうやら彼は、今日から王城で暮らすことになった私の案内役を国王陛下から命じられたらしいのだ。
 前回顔を合わせた時よりも更に険しい表情で腕を組む彼の顔には、ちゃんと書いてある。「不本意です」って。

「あの……ヴェルナー様。無理に城内をご案内頂かなくても、私一人で勝手に見て回りますので」
「ラルフと名前で呼んでもらって構わない。それに、得体の知れない者に仕事に関係ない場所まで勝手に歩き回ってもらっては困るからな」
「得体の知れないと言うのはあまりにも失礼ではないですか? 私はザカリー伯爵家の者だとお伝えしたはずです」
「そういえば、私の祖母に夜会でこっそり声をかけた不届き者がいたそうだな。確かそいつの名前はテオドール・ザ……」
「うわぁっ! 何ですかね、その話! 初めの話題に戻りましょう。確かにラルフ様の仰る通り、王城に来たばかりなのに一人で歩くのは良くないですね。差支えない範囲で構いませんので、さっさとご案内頂けますか?」

(もうっ! お祖父様のせいで、ヴェルナーにギャフンと言わせるどころか、完全にコントロールされちゃってるじゃないの!)

 ラルフ様は私に冷たい視線を向けたまま、ティーカップを静かにテーブルに置いた。ひとくくりに騎士だと言っても、彼はヴェルナー侯爵家のご令息。騎士道だけじゃなく、マナーも一通り身に着けているらしい。
 何だかちょっと悔しいけれど、彼の所作はとても綺麗だった。この若さで国王陛下の護衛騎士に選ばれるだけのことはある。

 理由もなく人を(にら)んでくるのはやめて欲しいけどね!

「……行くか。ザカリー嬢の住む部屋とか身の回りのことは侍女長に聞いてくれ。俺は、国王陛下が日々過ごされる場所を案内しておく」
「ありがとうございます。それと、私のこともマリネットと名前で呼んで頂いて構いません」

 立ち上がったラルフ様は眉を少しひそめ、私に向かって小さく頷いた。
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