二枚目俳優と三連休
 チラシを目の前でちらつかされる。さなえはちょっとむくれた。
「じゃ、どうすればいいの」
「だから実績。有名人にイタリア語教えればいい」
「へ?」
「っと、あ、きたきた。高柳さん、こっちっす」
 がた、と個室の引き戸が開いて、男性が入ってきた。長身で、帽子にサングラスといういでたちだから顔はわからない。
「ふう。このへんようわからんわ。迷ってしもた」
「意外と方向音痴っすよね、高柳さん」
 男性は瞬の隣、さなえの真向かいに座り、帽子とサングラスを取った。髪の毛は無造作に見えるが、きちんと手入れされている。細面で精悍な顔付き。女性がほっとかないタイプだろう。ふ、とさなえと目があうと、目力が強くて、さなえはどきりとした。
「…どうも。高柳、いいます」
 男性が、軽く会釈してくれた。
「はじめまして。伊藤さなえです」
 言いながらさなえは、気になって仕方がなかった。さっきから、この声知ってる、ともう一人の自分が騒いでいる。こんな格好いい人なら忘れないと思うけど…。
 さなえは手元のおしぼりを見て、はっとして言った。
「あの!あの時の、水、かけられたとき、タオルくださいましたよ、ね…」
 言いながら自信がなくなって声が段々小さくなってしまう。
 高柳が、うん?と思いをめぐらす顔をした。
「タオル…?ああ?あの時の水ぱしゃちゃんか?!」
 高柳も、思い出した!という顔をした。さなえはほっとして、トンネルが開通したような喜びを感じた。
「そうです!あの、本当にありがとうございました。タオル返さなきゃって思ってたんです」
「いやいや。そんなんええよ。おもろいな。こんな偶然あるんやなー。なあ、瞬」
 今度は瞬がむくれていた。俺、なんのことか全然わからないんですけど、と口をとがらせている。
 さなえが手短に説明した。田島に水をかけられた時、タオルをかけてもらったのだ、と。高柳も「そやそや」と頷いている。
 瞬は、真顔になって言った。
「その話はわかりました。…で、さなえは、高柳さん見て、何とも思わないの?!」
「だから、ありがとうって、御礼を言わないとって」
「違うでしょ!天下の高柳栄之助だよ!きゃーとか、わーとか、あるでしょ!」
 さなえは固まった。
「え?えいの…すけ?えっと…」
 すると高柳がぶはっ、と笑い出した。
「瞬、あかんて。この子、俺のこと、全く知らん」
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