あの日の素直を追いかけて

第36話 懐かしい思い出の場所




 翌朝、ゆっくり目を覚ますと、由実が食事と洗濯を済ませてくれていた。仕事用のスーツケースに入っていた俺の洗濯物もまとめてやってしまったそうだ。

「ありがとう、寝坊してごめんな」

「ううん。なんか新婚さんみたいでドキドキしちゃった」

 朝食を食べながら、由実がある提案をしてくれた。

「今日、土曜日なんだけど、行ってみない? 思い出の場所に」

「そうか、ここからならすぐか」

 時計を見れば、ちょうど登校時間で、間もなく朝礼が始まる。

 当時の記憶では送迎に来ていた保護者はその間に買い出しなどに出かけるのが通例だ。

 食事を終えて、由実の助手席に乗りその場所へ向かう。

 中部テネシー州立大学のキャンパスで、1つの建物を借りてあの週末の補習校が開かれる。

「こんなに近かったのか」

 子供の頃と大人になってからでは、時間や距離の感覚が違うと言うし、実際に由実の家からは市内の距離だ。

 それでもこんなに近かったのかと改めて自分たちの記憶との比べっこが続く。

「あそこだよね」

「そうだ、かわらねぇなぁ」

 キャンパス内の道を記憶を頼りに進むと、忘れもしない、懐かしい煉瓦タイルに覆われた建物が見えてきた。

 授業中とみえて、生徒たちの姿もなく送迎の車もまばらになっている。

「降りてみる?」

「大丈夫かな?」

「だって、私たちここの卒業生だよ? 私は高等部までお世話になったし」

 車を降りて、久しぶりの足下の感触に、記憶が戻ってくる。

「あの時は、由実を泣かせちゃったな」

「仕方ないよ。あの時はこんな未来なんて想像もできなかった。仕方なかったんだよ」

 俺たちがここで一緒に過ごしたのはわずか2年半。しかも毎週土曜日の授業時間だけという、本当にわずかな時間。

「でもね、祐樹君とああやって無理矢理に離されちゃったことで、祐樹君のこと好きだってんだって、はっきり意識した気がするよ。みんなには迷惑かけたんだろうなぁ」

 当時を懐かしそうに語る。もっとも、こうして再会できたからこそ生まれた感想ではあると思うけど。

「私ね、祐樹君と家族になるってお願いは、11年前にちょっとだけどかなっていたの覚えてる?」

 昔と変わらない場所にある自動販売機でドリンクを買って、芝生のベンチに腰を下ろした。

「あの当時か? ……あぁ! あれか?」

「うん、あの寸劇のとき」

 当時の補習校では、秋の運動会と冬の学芸会が行われていた。

 各クラスで出し物を決めて、休憩時間や、授業の進捗具合などをみながら練習して、全校生徒と父兄の前で発表する。

 低学年はまだ歌などの発表が主になって、高学年になるにつれて寸劇になってくるなど、準備もなかなか大変だ。

 俺たちのクラスで中2の時だったか、既存の台本からではなくオリジナルで劇を作ろうという動きが起きた。

 制作も発表時間も限られ、本当に例外的に、みんなで友人宅に押し掛けて練習もして、出来上がった内容は中学生らしかったと思う。

 受験を控えた2家族のお話で、テストの点数1点差をネタに、本人ではなく、親同士がエキサイトしていく、いわば受験コメディのような作品と評された気がするし、あれは演じている方も楽しかった。

「あのとき、祐樹君がお父さん役で、細田愛ちゃんがお母さん役で、金井君がお兄ちゃん役で、私が妹って構成」

「あったなぁ。細かいところは忘れちゃったけどさ。細田が隣んちの植田の一家とやり合うんだっけ?」

「普段、あんなに大人しくて可愛い愛ちゃんが啖呵切ると凄いなぁって」

「あれはギャップで面白かったよな。……もう時効だろう。あれのキャスティング裏話教えてやろうか?」

「そんなのあったの?」

「実はさぁ、役を決めたときに植田が来たんだよ。どっちも父さん役だったけど、替わってくれないかって言われたんだよな」

「えっ? 私、祐樹君と同じ班で嬉しかったのに。変わらなくてよかった」

「何を今さらって断ったけどな。あの時に入れ替わってたら思い出としても違ってただろ?」

 当時の俺で、別に学芸会という中では正直何の役でもよかったのに、その時は何故か明確に断ったことを覚えているからだ。


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