身代わり花嫁として嫁ぎましたが、どうやら旦那様も身代わりのようです?
 先生は何も言わずに、微笑みながら大きく頷いた。

 先ほどまでの紳士的で優しそうな表情が少しずつ変化していく。椅子の背もたれに思い切り背中を預けて腕を組んだ先生の顔は、まるでイタズラっ子が何かをたくらんでいるような表情に変わった。


「……先生?」
「国王陛下から急に侍医が派遣されるなんて、おかしな話だと思わなかった? 君がロンベルクで毒にやられたっていう報告がこっちにも上がってきたから、陛下に頼んでちょっと調べさせてもらってたんだ」
「陛下に……頼んだ?」
「そう! いやあ、ヴァレリー伯爵家は悪人の巣窟だね! 知らなかったとはいえ、こんな家から妻を娶らせるなんて陛下もひどいなあ。あ、ちなみに僕のこと誰か分かる?」


 そう言って先生は姿勢を起こし、私の顔を覗き込んだ。


 ……まさか。まさかとは思うけど。

 私より少し年上の二十代半ばくらいに見える、目の前の若い男。

 どこかしらユーリ様と面影が似ている。まさかこの人は……


「もしかして……リカルド・シャゼル様ですか?」
「正解!!」


 男はテーブルに両手をパンッと付いて立ち上がった。急にテンションが上がった彼について行けなくて、私は椅子から落ちそうになる。


「ちょっと……正解って……!」
「そんな顔しないでよ。ほら、君の夫です! よろしくね!」
「ええっ……?!」


 リカルド・シャゼル。
 一度も会ったことのなかった、私の旦那様。
 ユーリ様の従兄で、結婚式当日に失踪した男。


「リカルド様! なぜこんなところにいるんですか……?!」
「それはこっちのセリフでしょ。なぜユーリのこと置いて来たの?」
「置いて来るってなんですか? 何故そんなに開き直っているの? 状況が全然分かりません!」


 リカルド・シャゼル様は結婚式から逃げたことも、ユーリ様に仕事と私のことを押し付けたことも、全く悪びれる様子がない。ニヤニヤと笑いながら、さも当然かのように私の夫を名乗る。

 辺境伯に任命されたのが嫌でロンベルクから逃げた男が、なぜだかヴァレリー伯爵家でお母様の治療をしている。一体どう繋げれば、この点と点が結ばれるというの?

 私には何一つ想像がつかず、空いた口がふさがらなかった。

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