身代わり花嫁として嫁ぎましたが、どうやら旦那様も身代わりのようです?
 というわけで人目につかない早朝を中心に、まずは廊下にある台や絵画の額の上、窓枠などの埃を落としている。お掃除は高いところから始めるのがいいって言うじゃない?

 ただ一つ問題は、私がまた道に迷ってしまったということだ。

 執務室の近くを掃除していれば、バッタリ旦那様と遭遇しないかしらなんて思っていたのに、どうやら全く違う場所に出てしまったらしい。窓枠の掃除をしながら外を見ると、ほら。見たこともない庭園が広がっている。

 ここロンベルクにも春が近づいて少しずつ花が咲き始め、窓からの景色もモノトーンからカラフルへ。

 そうだ、あの庭園でお花を育てて、お料理にのせるっていうのはどうかしら。エディブルフラワーという、所謂『食用のお花』というのがあって、おばあちゃんの食堂でお手伝いをしていた時にお皿にのせて一緒にお出ししていたことがある。全てのお料理にのせるのは難しいから、その日お誕生日のお客様など特別な人だけに。

 ここロンベルクではとても短い春だもの。楽しまなくちゃ。

(あれ……)

 ふと庭園の端の方に目をやると、誰かがしゃがみこんで下を向いている。あの亜麻色の髪は……


「旦那様?」


 間違いない、あれは旦那様だ。何をしているのだろう。窓からずっと見ていると、しばらくして彼はスッと立ち上がった。体調を崩したわけではなさそうだと思ってホッと胸をなでおろす。

 そのまま屋敷の中に戻ろうとする旦那様の手には……スミレの花が数本握られていた。
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