身代わり花嫁として嫁ぎましたが、どうやら旦那様も身代わりのようです?
「……そういえば、以前に君が働いていた店に行った時。ちょうどその日が誕生日で、君が皿に花をのせて祝ってくれた。覚えてないだろう?」

「お客様のお誕生日には、いつもそうやってお祝いしていたのでお一人ずつの顔までは覚えていなくて……でも、旦那様がお誕生日にお店に来てくれていたなんて驚きました!」

「元々誕生日にあまりいい思い出がなかったんだが、君のおかげで誕生日も悪くないと思えた。何だか年甲斐もなく嬉しくて……君に御礼の手紙を書いた」

「手紙ですか? そんなに喜んで頂けて嬉しいです! 旦那様の誕生日は何月ですか?」

「十一……いや、五月だ」

 旦那様ったら、自分の誕生日も言い間違えそうになってる。本当に、こういうところが少し抜けているわよね。

「五月でしたらもうすぐですね。今年は屋敷でお祝いさせてください」

 旦那様がなぜ誕生日を嫌いだったのか、聞いてみたい気もするけれど……。何か心の傷をお持ちかもしれないから深堀りはしないでおこう。せめてこれからの誕生日は、旦那様が楽しく過ごせるように私もがんばりたい。

 旦那様は突然その場で立ち止まり、目を泳がせながら私に言った。

「……君は、手紙をもらったことを覚えてる?」

「お手紙は時々頂くのですが……ごめんなさい、どのお手紙なのか覚えていなくて」

「……そうか、いいんだ! 覚えていてほしくて手紙を書いたわけじゃない。ただ、君に御礼を言いたかっただけだ。だから、差出人の名前すら書かなかった」

 再び歩き始めた旦那様は、空いている方の手で頭をポリポリとかいて何かを誤魔化している。お手紙のことを覚えていないと言ったのに、旦那様の表情はホッとしているように見えた。

(さては旦那様。私に言ってはマズイことまで書いてたのかしらね)

 旦那様がくれたというのは、一体どの手紙のことだろう。思い出そうとしてみるけれど……五月と言えば王都は春。暖かくなってそろそろ夏の準備という時期だ。

 そんな時にお手紙なんてもらっただろうか?

 一生懸命思い出そうとするけど、旦那様はもうその話題を終えたいようだった。色んな店や噴水や、遠くの景色を指さしながら、必死で話題を変えようとしている。

 そんな旦那様が、無性に愛しく感じた。

「旦那様。私は旦那様からのお手紙のことを覚えていなくて残念です。旦那様からの初めてのお手紙ですもの、ずっと大切にしたかった」
「……え?」
「あの日、結婚式の晩。旦那様は私のことを愛するつもりがないと仰いましたけど……私は旦那様のこと好きですよ。スミレを毎日私のために摘んでくれるところも、こうして私の体を心配してくれるところも」
「リゼット……」
「だから今回こそちゃんと覚えておくために、旦那様のお誕生日は盛大にお祝いを……って私ったら何を言ってるのかしら」

 何だか気持ちがあふれてしまって、無意識に告白めいたことを言ってしまったことに気付く。
 旦那様の気持ちを聞くのが怖いと思っていたけど、私たち少しずつ歩み寄れていますよね? 私の独りよがりかしら?

 旦那様の反応を確かめるために、恐る恐る顔を見上げた。

 旦那様は反対を向いたまま「すまない」とボソッとつぶやき、私の手を離した。
< 67 / 136 >

この作品をシェア

pagetop