京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
 さっきから何度も往復したこの橋は『賀茂大橋(かもおおはし)』というそうで、二つの川が合流した場所にかかっている。間にあるデルタ地帯まで両岸から並べられた飛び石は、夏場なら川遊びが楽しそうだが、この時期には少々寒々しい。

 口から「はぁ~」とため息をついてカクッと(こうべ)を垂れる。

「わかりやすいなんて絶対嘘でしょ……」

『京都の住所はわかりやすいから大丈夫!』だなんて簡単そうに言ってくれた元上司には、今なら文句のひとつくらい許されるかもしれない。
 中国地方の片田舎から大阪に就職した璃世には、京都なんて中学校の修学旅行以来。そのうえ、筋金入りの方向音痴ときた。

(こんなとき、スマホがあったらなぁ……)

 残念ながら璃世が持っているのは『ガラケー』と呼ばれる旧式の二つ折り携帯電話だ。就職して最初のボーナスで念願のスマホを持つ予定だったのに、そのまえに会社がなくなってしまうなんて――。

 いいかげん目的地を見つけないと日が暮れてしまう。面接は今日中ならいつでもいいと聞いていたけれど、さすがに夜になってから訪問するのは失礼になるだろう。

(だけど、電話に出ない方だって悪いと思うのよね!)

 メモの下に書かれている電話番号に、さっきから何度も電話をかけていた。わかりやすい目印を教えてもらおうと思ったのだ。

 なのに、何度かけても繋がらない。
 このままだと不採用になってしまう。それはまずい。非常にまずい。

 諦めずにもう一度電話をしてみようかと、肩から下げたバッグの中から携帯を取り出したとき。

 夕陽を浴びてキラキラと光る川に向かって、なにか黒い物体が飛んでくるのが目に入った。
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