どうしても君に伝えたいことがある
第6章 秋風


 家族でケーキを食べて数日後、吉野と勉強会という名の課題を見てあげる日が来た。私はコツコツしていたのと、従姉妹に教えてもらったのもあって課題は終わってる。でも吉野に一応見せてあげるためにも、課題のプリントやワークをトートバッグに入れて持っていく。吉野が終わっていない分だけを持っていくようにしてるけど、残念ながらほとんど全部。そして最近読み始めた小説もトートバッグに入れる。夏休み中はあまり小説を読んでなかったから、いい機会な気がする。家だとなんか集中できなくて、あんまり読めなくて読む機会がなかった。電車で読むのがなぜか1番集中できる。

 吉野とは現地集合にしてる。飲食店が入っている地元の商業施設のフードコートで勉強することにした。本当は図書館とかで勉強するのがいいんだろうけど、教えるとなると喋れなくて困るから。そのお店までは電車で3駅くらい。その3駅の間にもちょっとでも小説を読もうとしてる。冷房がよく効いていたら寒いだろうから、薄めのカーディガンも持っていく。吉野は夏休み中、昼夜逆転した生活を送ってるらしい。早起きできないから、集合はお昼過ぎ。そんな調子じゃ課題は終わる気がしない。あと1回くらいは見てあげてもいいけど、それでも終わらないだろうな。ある程度自分でやっていないと、2日くらいで終わる量じゃない。


 電車に揺られて3駅目で降りて、数分歩くとお店に着く。お店に入って、フードコート近くの本屋で待ち合わせをしている。吉野が私より先に来ててちょっと意外だった。時間にルーズそうなのになんて失礼なことを考えながら、声をかける。「吉野、お待たせ。」と言ったけど、私も集合時間よりは少し早かったみたい。「遅れたらやばいと思って早めに来てよかった。」と吉野は笑いながら言った。「じゃあ課題するよ。」と私が真面目そうな声を出すと、すっごく嫌そうな顔しながらフードコートへ移動を始めた。吉野が勉強嫌いなのは知ってるけど、課題くらいはちゃんとしといてほしい。吉野がどういう進路へ進むのかは聞いたこともないし、知らない。だけど授業態度もテストの点も悪いから、せめて提出物はちゃんと出しておかないとやばそう。

 フードコートのなるべく邪魔にならない席を見つけて、近くのお店で飲み物をそれぞれ注文する。それを見つけた座席に持って行って、正面に座って課題を広げる。「何が1番やばいの?」と吉野が広げた課題のワークをペラペラとめくりながら尋ねた。
「んー、数学がやばいかも。他のは適当に答え写す。数学途中式書いてない問題とかあるじゃん。」と数学の答えが書いたプリントを私に見せながら言う。
「確かに、もう真面目にやっても多分間に合わないね。現代文とか生物とかは答え写した方がいいかもね。適度に間違えつつ。いや、でも吉野だからほとんど間違えてるくらいがいいよ。」
笑いながら私は言った。「やっぱそうじゃないとバレるよな。」なんて困った顔で言う。吉野が正解ばっかりだと、絶対先生に疑われるに決まってる。

 ということで、吉野は数学のプリントを解き始めた。私は小説を読んでいて、吉野が分からないところがあれば声をかけてもらって教えるということにした。私は小説を読んでいるけど、チラチラと吉野の様子を見ていた。吉野は問題を飛ばしまくって、次のページへめくっていた。その様子に私は「問題飛ばし過ぎじゃない?分からないところあるなら言ってよ。」としびれを切らして言った。吉野は苦笑いしながら
「だって矢島、小説読んでるの楽しそうなんだもん。しかも分からない問題しかないから、なんか声かけにくい。」
と言った。そんなに私表情に出てるなんて知らなかった。恥ずかしすぎて、もうこの話はこれ以上深掘りしたくない。だから話題を変えようとした。

 「教えるから、言ってよ。まずはこの最初の問題解こ。この問題に使う公式使えるようになったら、このページ全部できるから。」
と問題を指差しながら言った。
「はい。でも大問題なのは、その公式を知らないんだよね。」と困ったような顔で言った。
「公式は教科書とか宮崎さんにコピーさせてもらったノートに書いてあるから。さすがにノートとか持ってきたでしょ?」
と一応聞く。吉野の顔を見れば答えはすぐに分かる。私はトートバッグからノートを出した。このノートには、宮崎さんがくれたノートのコピーを貼ってある。プリントだけだとバラバラになっちゃうから、貼って整理した。

 「宮崎さんがくれたコピーを貼ったノートだから、はい。」と差し出すと、吉野は頭を下げながら卒業証書を受け取るように両手で受け取り「ありがとうございます。」と言った。そしてノートをゆっくりとペラペラとめくっているけど、ページが分からないみたい。私は身を乗り出して、「ストップ。」と勢いよく言って、吉野にページをめくることを止めさせた。「この公式を当てはめてやってみて。それでも分からなかったらまた声かけて。」とページの上の方に書いてある公式を指差した。「頑張ってみる。」と気だるげな返事が聞こえた。私はまた小説を読み始めた。


 読み始めてしばらくした時、「矢島ー、ごめん。ここ分かんない。」と吉野の声がした。小説から目を上げて、吉野の方を見た。そして吉野が指差している問題を見る。思ったよりも吉野は、黙々と1人で問題を解いていた。だからそのページの5問目までは、ちゃんと公式を使って解けていた。分からないと言っていた問題も、途中まではあっているから説明すればちゃんと解ける気がする。
「これ途中まであってるよ。ここをマイナスにしてないから答えがあわないだけ。」と吉野に教える。吉野は絶対勉強すれば成績良くなるのにな。公式をちゃんと使えてるし、教えたこともちゃんと理解してる。今教えたところもスラスラと解いてるし。


 それから何度か吉野に教えたり、小説を読んでを繰り返した。気づけば夕方になっていて、吉野は疲れた様子だった。「今日は頑張ったし、もうそろそろいいんじゃない。」と吉野に言った。すると吉野は伸びをしてから「だよな。今日は終わり。」と勢いよくノートやプリントを閉じた。そしてノートを私に渡してから「矢島、まだ時間大丈夫?」と尋ねてきた。私はスマホの画面を見て「大丈夫だけど。」と答えた。
「じゃあ今からケーキ食べよ。もしかしたら、晩ごはん食べれなくなっちゃうかもしれないけど。お母さんに連絡しとく?」と早口で言った。
「食べたい。食い意地だけはあるから、ケーキも晩ごはんも食べれるよ。」私は人より食べれる方だから、全然食べれると思う。食べ過ぎで太らないかはちょっと心配だけど。「じゃあ大丈夫か。ここの近くのケーキ屋さん行こ。」と、席を立ち上がった。


 フードコートを出て、2人で並んで歩く。この商業施設の近くにあるケーキ屋さんは、昔からあるお店。よくここのケーキもお父さんが買って来てくれていた。でもしばらく食べてないから、久しぶりに食べれると思うと嬉しい。吉野も久しぶりにそのお店のケーキを食べるみたい。歩いてすぐに着くから、少ししか話せなかった。

 ケーキ屋さんのショーケースを見ると、いろんなケーキがあって何にするか悩む。私はショーケースを食い入るように見てるから、その姿を見て吉野は笑った。私は吉野の方を見て少し睨み、またすぐにショーケースへと視線を戻した。「決めた?」と吉野に顔を覗き込まれる。吉野の方を見ると、思ったよりも顔が近くにあった。なんか恥ずかしい。「まだ決めてない。」と平常心で言う。実際何にするか悩んでる。「何個で悩んでんの?」と吉野に尋ねられ「2個まで絞ったからさ、もーちょっと待ってて。」と手を合わせてお願いする。「じゃあその2個頼めばいいじゃん。俺なんでもいいから、ひと口やるよ。」と目を背けて言われた。「いいの?」と私は目をキラキラと輝かせた。

 私が頼みたかったいちごのショートケーキと、いちごのミルフィーユを頼んだ。この前いちごのタルトを食べてから、前よりももっといちごが好きになった。だから自然といちごが乗っているケーキを選んでしまう。私はレモンスカッシュ、吉野はオレンジジュースを頼んだ。私が財布を出そうとすると、「今日お世話になったから奢る。」と吉野に止められた。申し訳ないけど、定員さんを困らせちゃいけないから、奢られることにする。「ありがとう。」と吉野に笑いかける。トレーに乗せてもらって、吉野がそれを持ってくれてる。私たちは窓際の席を探して座った。

 「おいしそー。」とケーキを見ながらつい口に出してしまう。私はミルフィーユで、吉野がショートケーキ。吉野は「はい、ひと口取って。」とショートケーキを私の方に差し出した。なんだかこの前のお父さんとのやり取りみたい。でもお父さんの時とはまた違った意味で緊張する。おそるおそるフォークをケーキに刺して「いただきます。」と言って食べた。なんだか吉野の方を見れなかった。でもケーキを食べた瞬間に、甘さが口の中に溢れてついつい笑顔になってしまう。「じゃあはい、ミルフィーユ食べて。」と私もケーキを差し出す。吉野は少し照れたように「いただきます。」と言って食べた。「ん、おいしい。早く矢島も食べろよ。」と言って私の方に返してくれた。「じゃあ、いただきます。」と言ってミルフィーユを口に運ぶ。パイ生地はサクサクでカスタードホイップもおいしい。「矢島って、幸せそうな顔して食べるんだな。」とすごく笑われてしまった。「美味しいんだから仕方ないじゃん。」と拗ねたように言うと、「悪いなんて言ってないだろ。いいじゃん、そういうの。」と笑いかけてくる。なんか心臓に悪いからやめてほしい。

 今日はあんまり話せなかったから、ケーキを食べながら話した。吉野はケーキをパクパクと食べているから「吉野って甘いもの食べれるの?偏見だけど、男子ってあんまり食べれないイメージある。」と聞いてみた。「食べれるし、結構好き。だから前のアップルパイめっちゃ嬉しかった。美味しかったし。」男子でも甘いもの食べれる人っていいななんて思っていたら、急に褒められてびっくりした。なんか今日は恥ずかしいことが多い気がする。家族で食べたケーキとはまた違って、今日はなんだか甘酸っぱい味がした。


 吉野は数学以外を答えを見て解いたため、それ以降勉強会は開かれなかった。吉野の為にはならないけど、本人がそれでいいならいいかって思う。ちゃんと2学期の最初の日に課題を出せたらしい。間に合わないと思ってたから、安心した。2学期が始まっても私は、ほとんどの副教科以外を教室で受けていた。なのにクラスには全然馴染めてないんだけど。新学期が始まって、すぐ体育祭の練習が始まった。だから午後からは体育祭練習など、特殊な時間割になっていた。私は体育祭練習には参加せず、みんなが練習している姿を後ろの方で見学していた。見学でも、体操服に着替えなきゃいけないのは面倒くさい。本当は1人1競技以上参加しないといけないらしい。でもさすがに競技に参加できるほどのメンタルは持ってない。運動苦手だし、参加するにはきついものがある。だから見学だけで許してほしい。

 私たちの学校は人数が少ないから、赤色と青色、黄色の3チームに分かれて行う。ちなみに私のクラスは赤色らしい。体育祭練習の主な内容は、その3チームの応援合戦。体育の授業に各種目の練習をしているみたい。吉野は基本無気力なので、綱引きだけに参加するって聞いた。綱引きはクラスの半分以上の人が参加するから、手を抜いてもバレないとのこと。でもクラスでの休み時間の会話を聞くと、吉野は期待されていたみたいだった。男子たちにもっといい競技に出るように言われていた。体育の授業で、手を抜いているにも関わらず何でもそつなくこなすとのこと。もっと競技に出ている姿を見てみたかったなと思いながら、練習を見る。

 応援団の人は元気でやる気満々。それに比べると生徒はやる気があったり、気だるげそうにやったりと色々だ。もちろん吉野は気だるげに、やる気なさそうにやっている。吉野のキャラだから許される感じな気がする。クラスの応援団の女子は吉野の方をチラチラと見ているけど、男子の応援団の子はもう諦めてる。なんか吉野が応援合戦のダンスをしたり、声出ししている姿はなんか面白い。


 体育祭当日、私は保健室のお手伝いをしていた。お手伝いと言っても、手当ができるわけでもないない。お手伝いというのはほとんど名前だけで、涼しい保健室で待機している。怪我人が来ると、消毒くらいはできるが包帯を巻いたりなどはできないので、私はほとんど役に立たない。他にやることは、氷を袋に入れて患部を冷やすように指示したりする。あとはどうして怪我したのか、何年生のどの学年かという質問をして、紙に書くくらいだ。保健室は運動場から繋がっていて、怪我人が運ばれやすいように、行きやすいようにされている。基本的に運動場側の保健室のドアは開きっぱなしだから、暇な時は競技を見たりしていた。

 毎年午後にリレーや、障害物競争といった怪我人が出やすい競技がある。だから昼前はそんなに保健室に訪ねてくる人はいないらしい。保健室の先生は「矢島さん、ありがとう。今から閉会式まで休んでいいよ。今日はお疲れ様。応援合戦はつばきから見たら、全体が見れていいんじゃないかな。職員室にいる先生に言って、鍵開けてもらうといいよ。」と私に言った。つばきの生徒は、行事の日は休む人や保健室にちょっとだけ来る人が多いみたい。つばきの生徒で1日中学校にいるのは私だけらしい。だからつばきの教室は開けずに、私は保健室にいることになった。確かに保健室前からは、あまり競技している様子が見えない。生徒を撮るために保護者がいっぱいいるからだ。

 先生に言われた通り、私は自分のバッグを持って職員室に行った。職員室には全然先生がいなかった。ほとんどの先生は、運動場に出てるんだろうな。窓際から何人かの先生は、運動場を見ているみたいだった。「失礼します。矢島渚です、つばきの教室の鍵を取りに来ました。」と言うと、窓際にいた校長先生が振り向いた。校長先生は校長室があるから、職員室にいるのは珍しい。「ああ、矢島さんか。何かつばきに忘れ物でもした?」と優しい笑顔で尋ねられた。校長先生に、保健室の先生につばきから見たらいいことを説明した。すると、校長先生は私に鍵を渡してくれた。本来は生徒1人の時は教室の鍵を渡してくれないらしい。盗難とかがあったらいけないという、防犯面からそうなっていると教えてもらった。でもつばきは今日1回も開いてないし、貴重品を置いて帰っている人はいないのと、私なら大丈夫ということで渡してくれた。

 鍵を貰って、職員室から出た。校長先生も、「つばきからだとすごく綺麗に見えると思うよ。」と言っていた。楽しみだなと思いながら、つばきへの階段を上がって、鍵を刺して開けた。冷房つけていいと言われたので、スイッチのボタンを押した。窓を開けて、上から見るから冷房つけたらダメかと思ってた。でもお弁当が傷むといけないからって、校長先生が許可してくれた。自分の机にバッグを置いて、そこから水筒を取り出す。いつでも水分補給できるように、水筒を窓際に置いておく。窓を開けると生暖かい風が入ってきた。上からだと確かに運動場がよく見える。ちょうど応援合戦が始まった。体育祭の予行練習で一応全部の組のを見てるけど、本番だと気合いが違うな。

 赤組の番になった。吉野の場所はもう覚えてしまったから、自然と目が吉野の方を見てしまう。相変わらず気だるそうにしてるけど、ちゃんと振り付けもキレあるし、声も出してそう。私も一緒に参加していたら、振り付けとか吉野に教えて貰えてたのかなとか考えてしまう。私はダンスとか下手で覚えるのも苦手だけど、そんな私を笑いながらも出来るようになるまで教えてくれるんだろうな。参加すれば良かったななんて思った。

 全組の応援合戦が終わって、お昼休憩になった。窓を閉めると、うるさかった音が少しマシになる。つばきには私1人だけでなんだか変な感じがする。水筒を持って自分の机に行く。机の上にあるバッグから、お弁当箱が入った保冷バッグを取り出す。そしてバッグを机の横のフックにかけて、保冷バッグを開ける。お弁当を食べる機会があんまり無いからら、どんなのか楽しみ。するとつばきの教室のドアが開いて「矢島、昼一緒に食べよ。」と吉野が入ってきた。「びっくりしたー、驚かさないでよ。」誰も来ないと思ってたから驚いた。それから吉野は私の前の机と椅子を借りて、私の机の正面にくっつけた。

 なんか、お昼一緒に食べるの変な感じ。同じクラスだけど、学校で一緒にご飯を食べるっていうのは初めて。なんか同級生っていうか、高校生っていう感じでいいな。お昼を食べ終わってから、吉野はもう出る競技ないからと言って私とつばきで見学していた。テントは暑いし、見学するにはいい場所。吉野は閉会式まで、つばきにいて私とずっと喋っていた。そのまま閉会式出ないとか言ってたけど、流石に閉会式は出なさいと言って、出るように促した。吉野がつばきからいなくなった後、少し寂しかった。1人でいたらこんなに楽しめなかったんだろうな。体育祭に参加したわけじゃないけど、なんだか参加した気分になれた。


 体育祭が終わるとすぐに文化祭がある。行事が立て続けにあるから、先生も生徒も大忙し。放課後まで残って準備をしているクラスもあるみたい。3年生から希望のお店を言っていくみたいで、1年生は飲食店はできないらしい。ちなみに私たちのクラスは休憩所をやるみたいだから、飾り付けと机と椅子の移動だけで済むって聞いた。店番とかもないから、吉野は喜んでいた。『楽して生きる』が吉野の座右の銘らしい。吉野らしさが滲み出てる。


 文化祭当日、私はつばきで過ごすよう決めていた。校内には大勢の生徒や生徒の家族が来るから、なんというか教室の外には出たくない。しかも私は準備とか手伝ってないから、楽しんでしまうのは気が引ける。どうせ出店以外は行くとこないからいいや。体育館であるステージイベントは見に行くけど、それ以外はつばきて小説でも読んで過ごそうと思う。やっぱり他のつばきの生徒は今日は来ないみたい。その気持ち分かりすぎる、私も休みたかった。つばきの隣とか、この階の教室は一時的な物置として使われてるから人は来ない。騒がしい声が聞こえるけど、いいBGMになって集中できそう。

 
 しばらく小説を読んでいると、つばきの教室のドアが開いて「矢島ー、暇。」なんて、体育祭の時と同じような出来事が起こった。「店番が無いから楽って思ってたけど、特にやることないんだよね。」と気だるそうに言う。続けて「しかもさ、休憩所のくせにうるさいんだよね。静かに休まる場所探したけど全然無い。」言った。「確かに、ここにいても声聞こえるくらいだもん。」と私も同意した。
「休憩所は人で賑わってるし。開いている教室は展示などでずっとは居れないんだよ。椅子とか置いてくれてないし。」と拗ねたように言う。「だから静かなつばきに来たってわけね。」と呆れたように言う。「まあそれもなんだけど、矢島と話したかったし。」と私の機嫌をとるように言った。私は「はいはい。」と聞き流すフリをした。でも私と話したかったっていうのも本音な気がする。暇だから来たと言っているけど、展示やお化け屋敷とか時間を潰そうと思えばできるはず。色々面白いものもあるはず。私が暇していると思って、構いに来てくれた。こういう行動をサラッとできるのがズルい。


 お昼前になると、「模擬店で何かご飯を買ってくる」と言って吉野はつばきを出て行った。私の今日のお昼は、コンビニで買ってきたメロンパン。私は後片付けをしないから、いつもより早く家に帰れるからメロンパンだけで過ごせるはず。吉野が帰ってきてから一緒に食べようと思って、小説を読んで帰ってくるのを待つ。吉野と喋る時間はとても楽しい。だから吉野が来てくれてすごく嬉しかった。1日中小説を読んで過ごすのもいいけど、吉野と喋って過ごす方がいい。

 吉野はレジ袋を2個もぶら下げて帰ってきた。その袋の中からはとてもいい匂いがしていた。吉野は私の机とくっつけた真正面の机の上にその袋を置いた。「これ、一緒に食べよ。」と袋の中から、プラスチックの容器をいくつか出した。「え、申し訳ないからいいよ。」と私は断る。流石に申し訳なさすぎる。結構時間かかってたから、並んだと思うし。「一緒に食べるために買ってきたんだけど。」と吉野は拗ねたように言う。「絶対並んだでしょ、貰えないって。」拗ねたようにしたってこれは断るしかない。

 「じゃあさ、500円ちょうだい。それで気が済むだろ?」と手のひらを私の方へ出した。どう見ても割り勘して500円で済む量じゃないけど。もっと値段もするだろうし、並んでくれたのに申し訳ない。でもこういう時吉野は譲らないってことを知ってるし、謝るんじゃなくてお礼を言うのが1番喜んでくれる。「本当にありがとう。」と言って、財布を出して100円玉5枚を渡した。小銭でいっぱいになると文句を言われたけど、無いものは仕方ない。

 吉野が買ってきてくれたものは、たこ焼きに焼きそば、からあげにフライドポテトというthe文化祭って感じの食べ物ばっかり。それに加えてチュロスもある。文化祭気分が味わえて楽しい。私はメロンパンのことを忘れて、吉野が買ってきてくれたご飯をたくさん食べた。吉野はもっと行事を楽しめばいいのに、面倒くさいだけなのか、私を気にかけてくれてるのか本心が分からない。

 体育館であるステージイベントが始まるまで吉野はつばきにいた。ステージイベントが始まる直前に私は体育館に移動して、1番後ろの席にいた。保護者もいっぱいだし、何より生徒は大騒ぎですごく居心地が悪い。ステージイベントが始まると、さらにみんなのテンションは上がっていた。生徒はステージイベント中も、座席を移動したり喋ったり叫んだりと結構自由。先生も周りにいるけど注意したりはしてない。だからこういうものなんだろうな。


 ステージとステージの間の数分の休憩時間で、吉野が私の隣までやって来た。「周りがうるさすぎて、耐えられない。」と隣の席に座った。「でも残念ながら、ここでも十分うるさいよ。」事実を伝えた。ステージの前から、生徒の座席、保護者席、私がいる席という感じだ。保護者を挟んでも全然うるさい。「確かにうるさい。でも矢島がいるから落ち着く。」と言ってきた。待って、なんて反応したらいいわけ。だってなんか自意識過剰みたいだし、何て言うのが正解なの。なんて考えていると「この次のステージ、軽音部らしいよ。うるさいだろうな。」なんて次の話題にいってしまった。「絶対みんな盛り上がるからね。覚悟しとこ。」と私は何事も無かったかのように返事した。話題が変わって、ホッとしたような悲しい気分。


 ステージを見終わるまで私は吉野と普通に接することができた。ステージが終わる直前に私は「じゃあ人が動く前に帰るね。」と吉野に声をかけて、つばきに帰った。帰る準備をして家に帰りながら、吉野がさっき言った『矢島がいるから落ち着く』という言葉を思い出していた。私は最近吉野の言動に振り回されてる気がする。胸の高鳴りを抑えながら家に帰った。日が短くなって、風が冷たい日だったのに、私はその寒さも忘れていた。
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