断食魔女と肉食神官~拾った子供が聖女に選ばれた魔女のお話~

2.夢を見ました

『ごめん……お前とは結婚できなくなった』


 気まずい表情の男が言う。わたしの――前世の――婚約者だった男だ。
 彼の隣には、わたしの親友だった筈の女が座っている。えぐえぐ涙を流すふりをしながら、彼女はこちらの様子を窺っていた。


『子どもが出来たんだ』


 男はそう言って隣の女の肩を抱く。ドクンと大きく心臓が鳴った。


(子ども?)


 わたしの左手薬指にはダイヤの指輪。結婚式を数日後に控えた矢先の出来事だった。


『嘘……冗談だよね?』

『冗談でこんなことは言わない。子どもには父親が必要だろう? だから俺は、お前とは結婚できない。心配すんなよ。いつか俺よりも良い男が見つかるって』


 どうしてそう思うの? 子どもには父親が必要? じゃあ、わたしは? わたしだってあなたを必要としていたよ? それなのに、全部子どもが優先なの? 
 いつか良い男が見つかる? ねえ、どうしてそんな、他人事みたいに言うの?


『ごめんね……まさか子どもができると思ってなくて』


 女が言う。全然、悪いと思っていない声音で。
 じゃあ、何? 子どもができなきゃ浮気しても良いの? 結婚が流れたわたしの気持ちは? 
 どうしてあなたなの? どうしてわたしの男を取るの?

 どうして? どうして?


 そんなこと、考えるだけ時間の無駄。分かっていても、涙はちっとも枯れてくれない。
 心が重く、目の前が真っ暗だった。
 もう、何もかもがどうでも良かった。

 わたしは無価値で、誰からも必要とされなくて。
 生きている意味も理由もない。


 気が付いたら、わたしは赤ん坊に――――ジャンヌに生まれ変わっていた。




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