幸せな離婚
22時を回ってほろ酔いで帰ってきた健太郎は上機嫌だった。
「今日、投資用マンションの契約が取れたんだよ。絶対無理って言われてけど、やっぱり俺レベルになると無理なことも可能になっちゃうんだよな~」
大学卒業後、今の三星不動産に入職し、営業職に就いた。今は課長という肩書を持つ。
健太郎曰く、三十代半ばで課長を任されるというのは前代未聞のことらしい。
「そうなんだね。おめでとう」
嬉しそうな健太郎に私もつられて微笑む。
「まあな。で、本部長がすごい褒めてくれたんだよ。部内の業績があがってるのは俺の頑張りの成果だって」
「そうだね。健太郎、いつも夜遅くまで仕事頑張ってるもんね」
「今日も高い寿司ご馳走してくれてさ。相当期待されてるよ。こりゃ来年あたり昇進するかもしれないぞ」
「そっか。よかったね」
機嫌の良い健太郎は饒舌に話し、話が止まらない。
微笑みながら健太郎の話を聞いていると、ぐうっとお腹が鳴った。
「今日は疲れたでしょ?お風呂沸かしてあるからゆっくり入ってきて」
「だな」
ネクタイを緩めようとしている健太郎に私は何気なく言った。
「あのさ、ご飯食べて帰ってくるときは連絡して欲しいな」
毎晩、健太郎と一緒に食事を摂るためにどんなに遅くとも待っている。
夕飯を食べてくる日は連絡が欲しいと結婚当初から言っているのに、してくれたためしがない。
『今日、飯食べてきた』
そう言われるたびに私がどんな気持ちになるのか健太郎は考えてもいない。
「……は。なにそれ」
ピタリと手を止め、さっきまで笑顔だった健太郎の顔がみるみる不機嫌になる。
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