幸せな離婚
綻びと不穏
フクが膝から降りたタイミングで私は瀬戸さんの家を後にした。
買い物に行くと家を出てからもう2時間も経っていた。
午前中、ショッピングモールへ行ったときは時間が経つのがあんなにもゆっくりと感じられたのに楽しい時間はあっという間だ。
敷地に置いていた自転車にまたがり予定通りスーパーへ向かい、卵や牛乳などの在庫のなくなりそうな物だけ買い店を後にした。
書店はまた今度にしよう。
それよりも、瀬戸さんとお話しながらシャインマスカットを食べることのほうがよっぽど楽しかったから。
家に着き、自転車を停めて両手に荷物を持って玄関へ向かう。
その途中、ふと庭のプランターのミニトマトに視線を向けて目を見開く。
「え?」
今朝まであったはずのトマトがない。
「なんで……?」
玄関を勢いよく開けて、転がるようにリビングに入ると義母が驚いたようにこちらに視線を向けた。
「そうしたの、優花さん。そんなに慌てて。それより、ずいぶん遅かったじゃない。あなた、どこで道草してたの?」
「あのっ、ミニトマトは……!?」
「ミニトマト?ああ、あのプランターの?」
「今朝までありましたよね?今日、収穫したんですか?」
一縷の望みにかけてそう尋ねると、義母は悪びれることなく言った。
「あれなら、お隣さんに全部あげたわ。今日、美味しいマドレーヌをもらっちゃったからそのお返しに。あんなのしかなかったけど、なにも返さないよりいいでしょ」
「どうして勝手に……!!あのミニトマトは私が丹精込めて作った野菜なんです。お義母さんもご存知ですよね?」
義母は私の言葉に目を丸くした後、へらりと笑った。
「いいじゃない。どうせ素人が作ったミニトマトなんだから。この間、一つつまんで食べてみたけど皮だって固いし酸っぱかったから捨てちゃったわ」
「ひどい……。あげるにしても、私に一言あってもいいですよね?種からあそこまで育てて収穫を楽しみにしていたのに」
真っ先に頭に浮かんだのは瀬戸さんのことだった。
瀬戸さんにミニトマトをおすそ分けすると約束していたのに。
それなのに……。
義母にここまで楯突いたのは結婚してから初めてだった。
意見の不一致や価値観の違いを感じたことはあっても、言いたいことはグッと飲み込んで我慢してきた。
でも、今日のことは我慢できない。
大切なものを勝手に奪われることは例えそれが義母であれ許せなかった。
< 46 / 60 >

この作品をシェア

pagetop