愛憎を込めて毒を撃つ

第七話

◆カラオケボックスで里乃と潤が会ってから二週間後(七月中旬)
〇氷室家の潤の部屋(夜)

潤(里乃から連絡はないけど……あいつ、大丈夫かな……。里乃は気づいてなかったんだから、やっぱり言うべきじゃなかったかもしれない……。俺から聞かされなければ、知らないまま幸せだったんじゃ……)

潤は、自室で自問自答していた。
自身も今後どうするべきか決断できずにいたが、麗佳との生活に限界を感じ始めていることには気づいており、ため息が尽きない。

潤(正直……不倫を知ったばかりの頃は麗佳を愛してたけど、今は前ほどの気持ちがない気もする……。そもそも、触れるのも触れられるのも抵抗感があるくらいなんだ……。もう麗佳を抱ける気がしない……)
麗佳「潤、仕事中? まだ寝ないの?」
潤「……あと少ししたら寝るよ」
麗佳「じゃあ、先に寝室で待ってるね」

潤は、適当なファイルを開いてノートパソコンに向かっているだけだったが、麗佳は笑顔で部屋から出ていく。



〇氷室家の寝室(夜)

潤は重い気分で寝室に入るが、眠っている様子の麗佳にホッと息をつき、麗佳からできるだけ距離を取ってベッドに入る。
直後、麗佳が潤に覆い被さるようにしてキスをしてくる。

潤「ッ……! 麗佳……!」
麗佳「ねぇ、潤。しようよ?」
潤「……」
麗佳「ね?」
潤「……今夜は疲れてるから」
麗佳「最近ずっとそればっかりじゃない。私たち、もうずっとしてないんだよ? レスなんて嫌なんだけど」
潤「麗佳……! ちょっと待って!」

麗佳は、潤のパジャマのズボンを脱がせて強引にセックスに持ち込もうとする。
しかし、麗佳がいくら触れても潤の下半身は反応しない。
潤はそのことに驚きと戸惑いを隠せない一方で、あることに気づく。

潤(そういえば、俺……いつからか性欲がなくなってる……?)

まったくしたいと思わなくなっていたことに気づき、それが麗佳の不倫が原因であることは明らかだった。
ただ、そうは言ってもまったく反応しないことに、男としてのプライドが傷つく。
麗佳は怪訝な顔をする。

麗佳「……そんなに疲れてるの?」
潤「ごめん……」
潤(俺、なんで謝ってるんだろう……)
麗佳「……そっか。じゃあ、仕方ないね。私こそ、疲れてるのにごめんね?」

麗佳は潤を傷つけないためか笑顔を見せるが、潤は服を整えながらも麗佳に触れられたことへの嫌悪感で吐き気を催す。

潤「ちょっと水飲んでくる……」
麗佳「うん。じゃあ、先に寝てるね」

平静を装う潤だったが、トイレに駆け込むと嘔吐する。

潤(やっぱり無理だ……)

そして、寝室には戻らず、リビングのソファに腰を下ろすのだった。



◆約二週間後の金曜日(七月末)
〇ホテル街(夜)

里乃はあのホテル街にいた。
和寿が【今夜も帰りが遅くなる】と連絡してきたため、衝動的にホテル街に足を向けてしまったのだ。
行き交う人から身を隠すように路地の陰に隠れて待っていると、和寿と麗佳が現れて笑顔でホテルに入っていく。
そんなふたりの姿が、まだレスになる前の自分と和寿の姿に重なる。
里乃は打ちのめされ、その場にしゃがみ込んで唇を震わせる。

里乃(なんで……どうして……? やっぱり潤の奥さんとはセックスするんだ……)

里乃の中には麗佳への嫉妬や憎悪が渦巻き、唇を噛みしめながら爪が食い込むほどこぶしを握る。
妻としても女性としてもプライドを傷つけられ、涙とともに嗚咽が漏れる。
誰かに助けを求めたくて、話を聞いてほしくてたまらないが、こんなことを誰に相談すればいいのかわからず、脳裏には両親や友人たちの顔が浮かんでは消えていく。
そんなとき、潤の顔が浮かび、縋るように電話を掛ける。

里乃(潤……!)
潤『里乃? どうした?』
里乃「……っ、うぅ……ふッ……ぅぐっ……」
潤『……里乃? 泣いてるのか?』
里乃(苦しい……苦しい……潤、助けて……)
潤『里乃、今どこにいるんだ?』
里乃「ッ、……あのホ、テルの……」
潤『十分で行くから待ってろ』

しゃがみこんだまま泣きじゃくっていると、十分もせずに潤がやってくる。

潤「里乃!」

里乃が顔を上げると、潤の姿があった。
走ってきた潤は、息を切らしていて汗だくだった。
潤が地面に膝をつき、苦しげな表情で里乃の顔を覗き込む。
直後、里乃のシャンプーの香りがふわりと潤の鼻先をくすぐり、潤はどうしようもないほどに切なくなり、衝動的に里乃を抱きしめる。
すると、潤の体が熱くなり、自身が里乃に対して欲情していることを自覚する。

里乃「……っ」
潤「……なぁ、里乃。俺たちもしてしまおうか」
里乃「え……?」
潤「セックス」

里乃は信じられないというように瞠目するが、潤の目は至って真剣だった。

潤「あいつらは平気な顔して不倫なんてして、俺たちを傷つけてるっていう罪悪感もないのかもしれない……」
里乃「……」
潤「理不尽だと思わないか」
里乃(そうだよね……。和寿も潤の奥さんもあんなに楽しそうにしてるのに、どうして私たちだけこんな思いしなきゃいけないの……?)
潤「あいつらだって、今頃してるんだ……。俺たちだって……」

潤は、親指と人差し指で里乃の顎を掬うようにして、おもむろに顔を近づける。
里乃は、雰囲気に流されるように瞼をきつく閉じるのだった。

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