泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
触れたい――。

そう思うのに、いつも自分からは触れられない。
杏介がきてくれるから応えるだけ。
それはそれで嬉しくてたまらないのだけど。
やっぱり自分からも積極的に……と思いつつ結局勇気が出ないまま流れに身を任せている状態。

もう恋人じゃない、夫婦なのだから、何となく今までとは違う付き合いになるのではなんて思っていたけれど、まだまだ恋人気分が抜けないでいる。

そもそも、恋人期間があったのかどうなのか、微妙なところではあるけれど。

紗良はそっと手を伸ばす。
杏介の髪に触れるとさらっと前髪が流れた。

少しだけ体を起こして杏介に近づく。
吐息が感じられる距離に心臓をバクバクさせながら、ほんのちょっとだけ唇にキスを落とす。

ん……と杏介が身じろいだ気がして紗良は慌てて身を隠した。

杏介が目を開けると、目の前にはイルカのぬいぐるみ。いつも紗良が抱きしめて寝ているあれだ。
そのイルカのぬいぐるみに身を隠すようにして紗良が丸まっている。

この寝相は新しいなと思いつつ紗良の頭を撫でると、紗良はビクッと体を揺らした。
完全に起きていることがバレるくらいの動じ方だ。

「……紗良、起きてるの?」

「……起きてません」

なぜそこで否定を……と思いつつ、目を覚ます前に感じた唇の感触を思い出して杏介は寝ぼけて回らない頭を無理やり動かした。

(あれは夢じゃなくて、もしかしてキスだった?)


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