合意的不倫関係のススメ
美空と別れ、帰途に着いた。私は自身の住むマンションを、下から眺める。部屋に灯がついていることを、不思議と喜べなかった。

「お帰り茜」
「ただいま」

玄関で黒のスウェードパンプスを脱いでいると、蒼が顔を出す。

「俺も少し前に帰ってきたところなんだ。風呂は溜めてあるから、一緒に入ろうか」
「ええ、狭いのに」
「いいじゃんたまには」

強請るように甘い声でそう言って、彼は私の手を引く。あまり抵抗する理由もないので、私は素直に従った。

「ああ、気持ちいい」
「最近、夜は冷えるもんね」
「もう秋か、早いよなぁ」

お互い洗い終えた後、私は髪にタオルを巻き蒼の足の間に座る。後ろから腹辺りに手を回されているのが、少しくすぐったい。

「今日のご飯会、楽しかった?」
「うん。蒼にもよろしく言っておいてって」
「俺んとこも、奥さんによろしくって。今度個人的に家に招くから、ぜひ茜も一緒にって言ってたよ」

蒼は、私のことに対して謙遜しない。彼の手前その妻を晒すなんてできるわけもなく、大概は「綺麗な奥様ですね」と気を遣われる。

それに対し彼は「僕にはもったいないくらいで」と、実に百点満点の回答をしてみせるのだ。

それにより上がるのは私の評価ではなく、蒼の株だ。

どちらかが動くたび、温かな水がちゃぷちゃぷと音を立てる。剥き出しのうなじに、彼の薄い唇が優しく触れた。

「ん、ちょっと蒼…」
「茜が色っぽくて我慢効きそうにない」

アルコールのせいか、浴室のエコーのせいか。彼の声はいつもよりも少しだけ高かった。

私の体を弄る長い指が、水圧のせいか重たく感じる。ねっとりとした動きに合わせて、私の中は簡単に熱を帯び始めた。

「あ…蒼…っ」
「茜、茜可愛い。もっと、俺で気持ちよくなって」

気持ちいい、熱い、気持ちいい。

私の身体は正直で、貪欲だ。

けれど、頭は違う。

気持ちいいから、もっとして欲しいから、だから何だというのだろうか。

快楽のその先は、必ずしも愛で繋がっている訳ではないのに。

(求めてくるってことは、《《まだ》》大丈夫なのかな)

蒼からの突き上げに体は震え、唇からは甘い喘ぎ声が漏れる。

目の前にいくつも垂れ下がっている糸を、私は必死で掴む。繋がっている先がどうか、彼の本心でありますようにと願いながら。
< 20 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop