合意的不倫関係のススメ
今すぐこの場所から立ち去るべきだと、私の脳が警鐘を鳴らす。けれど勝手に、足が動いた。

散らばった女物の靴に、消えている電気。幾ら馬鹿でも、この状況が何を指し示しているのかを想像することは容易い。これ以上進んでしまえば、見たくもない光景を目にすることになると、分かっているのに。

呼吸を押さえ、足音で気がつかれないよう慎重に歩みを進める。何故かこちらの方が悪いことをしているような気分になった。

「ん、あ、あ…っ、気持ちいい…っ」

ぎしぎしと軋むベッドの音は、すぐに甲高い声に掻き消された。大した作りでもない彼のアパートでは、扉を閉めた所で中の声は丸聞こえだ。この寝室の向こうでは正に今、蒼と誰かがセックスをしている。

彼が、私以外の女を抱いている。

「奥、奥きてる、ダメ、あぁんっ!」
「下品な声出しやがってこの淫乱が。聞きたくないんだよ、黙ってろ」
「だっていいの、いいっ、そうくん…っ!」

ばんばんと肌がぶつかり合う激しい音、女の狂ったような喘ぎ声、そして蒼の支配的な声色。

(この中にいるのは、本当に蒼なの…?)

家主である彼以外あり得ないのだが、つい疑いたくなる程に私の知っている蒼とはかけ離れていた。

音や喘ぎを聞いただけで、いかに激しい性行為が行われているのかなんて見なくとも分かる。

それに加え彼は、抱いているであろう女を絶えず罵倒し続けていたのだ。

「あ、ダメ、一緒に弄っちゃやぁ…っ!」
「嘘言ってんじゃねぇよ、どうせ誰にでも股開いてんだろ?この屑女が!」
「あ、あ、あ!」

私はこんなこと一度も、言われたことなどない。初体験の時もそれ以降も、蒼は私をとても大切に抱いてくれた。

たくさんのキスをくれて、愛を囁いて、恥ずかしがる私の奥を優しく暴いた。

ベッドでも、普段の生活でも、こんな風に荒々しい言葉を吐く彼を、私は想像すらできない。

「キスして、キスぅ…っ」
「するわけねぇだろ気持ち悪い」
「あん、もう意地悪なんだからぁ」

拗ねたように甘えながら、また大声で喘ぎ出す女。二人は限界が近いのか、ぐちゅぐちゅという卑猥な粘着音が一層水っぽい音へと変わる。

息遣いも、どんどんと荒くなっていった。

(あれ…?どうして私、ここで…)

気付かれないよう息を潜めて、ひとつも聞き漏らさないよう耳をそば立てて、指の一本も動かさないで、まるで泥棒のように。

(蒼が、抱いてる。セックスして、イこうとしてる。私以外の、誰かのナカで)

必死に音を、立てないようにしていたのに。

いつのまにか流れた一筋の涙が、握り締めていたビニール袋に落ちる。その直後、私は膝から崩れ落ちた。
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