先生と私の三ヶ月
「黒田さん、どうしたんですか?」
「葉月さんのおかげで先生が幸せそうだから、私も嬉しいんです。元奥様の話は葉月さんも真奈美さんからお聞きになっていますよね?」
「はい」
 ひなこさんの事が浮かんだ。
 真奈美さんにひなこさんと私が知り合いである事を先生の耳に入れないで欲しいと頼んであるけど、黒田さんは真奈美さんから聞いているだろうか?

「先生は元奥様を亡くしてから悲しみが深すぎて、小説が書けなくなりました。それは本当に辛い事なんです。先生にとって小説が書けない事は生きたまま死んでいるようなものですから」

 黒田さんが深いため息をついた。

「本当に、書けない時の先生をそばで見ているのは胸が痛かったです」
 黒田さんの声に涙が混じった。
 黒田さんも書けない先生を見ていて辛かったんだろうな。

「先生はとても可哀そうな方なんです。一度も会った事のないお子さんも亡くされて」
 お子さん?

「黒田さん、お子さんって?」
 黒田さんがハッとしたように息を飲んだ。

「何でもありません。とにかくですね。私が言いたいのは、小説が書けない事が一番の先生の苦しみだという事です。あの、葉月さんにお願いがあります」
「なんでしょう?」
「もし、先生の小説が葉月さんにとって許せないものだったとしても、先生を責めないであげて下さい。先生にとって仕方がなかったのです。全て悪いのはこの黒田です。怒るなら私に怒りをぶつけて下さい。どうかお願いいたします」

 私にとって許せない小説って何の事?

「どういう事ですか?」
「その時になったらわかります。くれぐれもよろしくお願いいたします」
 黒田さんの電話はそこで切れた。
 まったく黒田さんは何を言っているんだろう。望月かおるの大ファンである私が、先生の小説を読んで怒るだなんて、絶対にありえないのに。
 今だって先生の新作が日々書かれていると思うとわくわくして仕方がない。
 本当に待ち遠しいな。先生の新作。
< 213 / 304 >

この作品をシェア

pagetop