先生と私の三ヶ月
 9月28日。先生の新しいアシスタントが決まったと上原さんが連絡をくれた。私は新しい人の為に引き継ぎ書のようなものを作って、上原さんにメールで送った。

 これで10月1日から先生が困る事はない。

 新しい人が10月1日から来られない場合も考えて、一週間分のおかずを作って冷凍もした。

 先生が一番困るのは食事だと言っていたから。
 料理はできるけど、一人分の食事を作るのは面倒くさいらしい。

 アシスタントとしても思い残す事がないように、掃除もしっかりとやった。
 冷蔵庫の整理をして、キッチンを磨いて、ダイニングルームを掃除して、リビングを掃除して、先生がよく出ているサンルームも綺麗に掃除した。

 それから先生の寝室とお風呂も掃除した。
 書斎も掃除したかったけど、先生がお仕事中だったから簡単にしか出来なかった。

「今日子」

 リビングの掃除をしていたら、サンルームにいる先生に呼ばれた。
 先生は藤の長いすに腰かけ、まだ火をつけていない煙草を一本持っていた。
 退院したばかりだから、さすがに見逃せない。

「先生、禁煙してるんじゃないんですか?」
「ああ、禁煙中だ」
「何を持っているんですか?」
 先生が苦笑いを浮かべ、私に持っていた煙草と、煙草の箱を観念したように差し出した。

「素直でよろしい」
 目が合うと先生と一緒にクスクスと笑う。
 こういう瞬間、先生に愛されているんじゃないかと勘違いしそうになる。

「それで何ですか? お茶でもお持ちしますか?」
 先生の顔から笑みが消えた。

「お茶はいい。実は今日子に話があってな」
「はい」
「あのな」
「はい」
「いや、何でもない」
 先生は気まずそうにサンルームから立ち去った。
 退院してから、時々、先生は何かを言いたそうにしている。

 小説の事を言おうとしているんだろうか。
 次の作品の為に新しいヒロインが必要になるから、今日子は用済みになったんだよ、とでも、言いたいのだろうか。
< 290 / 304 >

この作品をシェア

pagetop