夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

3


 菜胡は連休のうちの一日を利用して、高校の頃からの友人と会っていた。

「雅代ちゃん! 久しぶり!」
 雅代は神奈川の看護学校へ進み、そのまま神奈川で就職して結婚した。遠いのに、連絡をするといつも会いに来てくれる。菜胡がそっちへ行くと言っても、一人で帰すのが心配だからあたしが行く、と都内まで出てきてくれる。背が高く、声も大きく、気も強い。だがわりと泣き虫で、繊細な面も持っている。そんな雅代が好きだった。
 
 あれから棚原とはろくに会話もできていない。診療中は変わらないと思っているが、最後の患者を「お大事になさってください」で見送れば、大原がいなければたちまち気まずくなる。棚原が「ごめん」と言って離れていったのが今もショックで、診察中はそんな事はしないが、診察が終われば、菜胡も棚原に不用意に近づかないように気をつけていた。視線を合わせないようにした。一定の距離を保って、触れないように、触れられないように身を硬くした。

 それでも苦しいのは変わらなく、日を追うごとに棚原の腕の中が恋しくなった。病棟では多くの看護師達に対して笑いかけてるのだろうと思うとモヤモヤもした。自分だけの棚原じゃないとわかっていたのに、独り占めしたくなっている自分に気がついて、浅ましく腹黒い自分が嫌で泣きたくなる。
 自分がどうしたいのか考えてみたが、ぐるぐると同じところを巡っていてどうしようもなくて雅代に相談を持ちかけたのだ。

 待ち合わせは雅代が乗り換えしなくていい駅にした。ビルの壁面に大きなモニターがある広場で、およそ一年ぶりの再会を果たした。

「菜胡、綺麗になったね」
「変わらず化粧も下手なんだけど……ありがとう。雅代ちゃんのお式以来かな」
 一年前、雅代の結婚式に招待された。雅代に会うのも、まともに化粧するのも、その時以来だった。

「ごめんね、お休みの日に。旦那さんは?」
 話しながら目当ての店へ入る。

「釣りに行ってる、だから平気。……それで? 菜胡を悩ませてるのはどんな人?」
 最悪の出会いから順に話し始めた。不審者だと思ったら新しく来た整形外科の医師で、彼の発する匂いがすごく良くて落ち着くしホッとすること、自分の匂いが気に入ってるらしく会うたびに抱きしめられるし、キスも受け入れてること。それから処女だと知られてからの事も話した。
 聞き終えた雅代は盛大にため息をついた。

「もうそんなの……休み明けたらちゃんと先生と話し合う。それが一番だよ」
「……やっぱり、そうだよね」
「先生は少なからず菜胡のこと大事にしてくれてるように思うけどな」
 話を聞いて、菜胡から離れたのは初めての菜胡に無理強いできないと思ったからではないか、と雅代は思った。女性が苦手だった人が、菜胡にだけそう思うということは、菜胡の事を好きでいてくれてるからだろう、と。

「菜胡だって頭から離れないんでしょ? 好きだからその先輩の部屋から出てきた先生にショック受けたんでしょ? 結婚指輪をしてるから関係を深めるのはよくないけど……もしこのまま先生と二度と話せなくなったら、菜胡は耐えられる? この連休明けたら、辞めましたって言われたらどうする?」
 雅代の言うことを聞きながら、二度と話せなくなったらと考えて、じわりと涙が浮かぶ。

「そんなの……考えるだけでもやだ、先生と二度と? やだ……」
「ほら、たかが想像でも泣くほどだよ。だから、連休明けたらきちんとフラれておいで。処女が重たいっていうなら今度こそ合コンに行って真面目に彼氏見つけたらいい。今の菜胡ならきっとすぐできると思う。それくらいきれいだよ、自信持って。もしかしたら先生以外にも、菜胡の匂いがいいって人が現れるかもしれないし?」
「先生以外に……? それもやだ……気持ち悪い」
 棚原以外の男性に触れられると思ったらそれも嫌だった。何をするにも棚原じゃなきゃだめなのだ。

「……休み明けたら、先生と話す。好きっていう」
「うん、そうしな」
 メソメソしながら、菜胡は目の前に置かれたチョコレートパフェを食べた。正直言って、味などはろくにわからなかった。パフェは好物だから楽しみにしていたのに、気持ちは棚原にしか向いていなかったのだ。

「菜胡が泣くほど好きになる人と出会えるなんて、最悪の出会いもわかんないね」
 同じくパフェを口に運ぶ雅代を見て、菜胡はある事を思い出した。前から疑問に思っていたのだ。

「ねえ、雅代ちゃんも、旦那さんとのキスって気持ちいいの?」
 雅代はゴフッと盛大に咽せた。
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