夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

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 棚原と菜胡は、初めて身体を重ねた日から可能な限り一緒に過ごしていた。当直の日を除いて、ほぼ土日は棚原のマンションでのんびりと過ごす。日曜は平日のための買い出しをしたり、時間が余れば車で遠出をするなどちょっとしたデートもして、夜は菜胡を寮へ送り届ける。数時間後にまた仕事で会えるのにその少しの別れを惜しんで夜を明かす。そんな日が続いた。
 だから菜胡が寮にいる時間は確実に減っていて、聞きたくもない声を聞かずに済んでいるだけで精神的にも救われていた。
 
 ある週のはじめ、棚原に一件の連絡があった。古い友人である松原が都内に小さなレストランを開いたから来て欲しいというもので、即答した。

『彼女を連れて行くよ。土曜の夜に予約したい』
 松原は、棚原の指輪のわけを知っている人の一人だ。だが、昴の件もある。だから菜胡の事を軽く話す事にした。実際、松原からは彼女ができたのかと驚きの返信があったからちょうどよかった。

『はじめて好きになった子なんだ。まだ付き合いが浅いんだけど、将来も考えてる』
『そうか、それはよかったなあ! 棚原から好きになるなんて今まで無かったもんな? 来週の土曜でいいか? 予約入れておくから』

 そうして予約していた土曜、仕事を終えた菜胡と共に、いつもよりほんの少しおめかしをして、松原の勤めるレストランへ来た。

「紫苑さん、格好、これでよかったでしょうか」
「ん、大丈夫だよ。格式のあるところじゃないからそのくらいでちょうどいい、可愛い。可愛すぎて帰りたい」
 だめですよ、と照れる菜胡。
「オーナーは古い友人なんだ、指輪の事も知ってる。菜胡の事も話してあるから、気を楽にして楽しんで」
 肩を抱き寄せ、その頭に口づけを落とした。
 
 レストランは都心からやや離れたビジネス街の裏にあった。雑居ビルの二階に、外のらせん階段を使ってあがる。夜はワインバーになるそこには数組の客がおり、入り口で挨拶を交わし席に案内された。他の客も居たためオーナーとはあまり話せなかったが、とても美味しい時間を過ごして、二人はマンションに帰り着いた。

 リビングでしばらく寛いでから、菜胡は明日の朝ごはんの下拵えに取り掛かる。明日の朝はおにぎにとお味噌汁、それから持ってきた作り置きのおかずを添えればいいだろう、そう考えながら米を洗い炊飯器にセットする。味噌汁の具は、先週来た時に野菜を刻んで冷凍させておいたものを使う事にして、ざっと明朝のごはんシミュレーションし終える頃、棚原からお風呂が沸いたと声がかかった。

 片時も離れたくない棚原の希望で、風呂は毎回二人で入る。二人で風呂に入るが、恋人と一緒に風呂に入って何もしないわけがなく、湯船に浸かって話しているうちに唇は近づいて、たちまち菜胡は棚原に蕩かされてしまう。

「や、まって、紫苑さっ……」
 お湯を盛大に撥ねさせながら、湯船の中で菜胡が棚原にしがみ付く。

「菜胡、もうあがろ……ここじゃ用意が無いから……」
 場所をベッドに移して、まるで初めからそうなるのが当然のように互いの肌は吸い付きあい、手は相手を抱き寄せ、足は絡み合った。境目がわからなくなるほどに貪り合う。時折互いの名を呼ぶ以外は言葉を発せず、その快感に身を任せ、溺れ、愛し合った。

「ん……」
 タオルケットを身体にまとわりつかせて菜胡が目を覚ました。風呂から寝室に移動してから散々求められ、何度か気をやった後でそのまま眠ってしまった。目覚めて感じる事後の気怠さは、棚原との快楽に身を委ねた証で、何度経験しても心地良い幸せだ。

 時刻は日付がかわって少しした頃で、棚原はまだ起きていて、本を読んでいた。それを傍に置いて、タオルケットの下の菜胡を抱きしめてきた。

「寝ちゃってたみたい」
「ん……いっぱい無理させたし」
 ちゅっと軽くキスを落とす。

「ばか」
 菜胡は恥ずかしそうにタオルケットで顔を多いながら小さく声をあげた。そのまま棚原の胸に顔を埋めた。

 トクトク……鼓動が伝わってくる。裸だとより強くなる匂いも互いには心地いいもので、ピッタリと隙間が無いくらいにくっつき合う。背中に感じる温かくて大きな手の感触は安心しかなく、布団の中で絡む力強い脚……そのどれもが愛おしい。

 ふいに棚原が声をあげた。

「あ、そうだ、これ渡しておくね」
 サイドテーブルに置いておいた小箱の中から、チェーンに通されたリングを取り出した。細いチェーンにシルバーのリングがぶら下がる。それを菜胡の手に乗せた。

「あ、紫苑さんの片割れの?」
 リングをつまみあげて棚原の左手にあるものと見比べる。シンプルなものだ。

「うん。指にはめてもいいし、仕事中は首から下げて白衣の中に仕舞っておけばいいだろう」
「ありがとう」
 起き上がり、首に掛けてみる。

「似合う?」
 シルバーの細いチェーンが、菜胡の鎖骨にかかる。裸の状態で唯一身につけているのがそれだけという状況にそそられたのか、棚原はゴクリと喉を鳴らして、菜胡の細い腰に手を回して引き寄せた。

 それはまるで洋画に出てきたヒロインのようだった。どこか幼くて危なっかしい。だが身につけているのがリングのネックレスだけというのは妖艶で、十分過ぎるくらいそそられた。

「ん、似合う。きれい。こっちには本物を贈るから……」
 近い将来、左手の薬指に本物を贈る。菜胡の左手を持ち上げ、その手のひらにも口付けて、気持ちを固めた。
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