夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

 そこからはおばちゃんと陶山も加勢し、騒ぎを聞きつけた守衛や他のスタッフ達も遠巻きに集まって来た。若い医師はなりふり構わず不愉快な事を口走り棚原の怒りを買った。

 菜胡がそんな事を願うはずがないことは棚原が一番よく知っている。だからダミーの指輪を指摘されて、思わず菜胡との婚約の証だと言った。遠巻きの連中にも聞かれるかも、と一瞬思ったが、双方の名誉のためなら厭わない。

 若い医師は膝から崩れ落ち、すぐさま謝罪してきた。だがこんなことは到底赦せるものではなく、院長はじめ病院の上長達に報告する事も含めて、陶山にも協力を頼んだ。若い医師は内科で陶山の部下だったからだ。

 外科のナースに菜胡を一旦預け、帰る支度のため病棟へ上がり帰る旨を夜勤者に伝えた。浅川がいるかも、と思ったが姿は無かった。彼女を捜す時間はなく、患者を前に私情を挟むわけにもいかない。ステーションへ戻り心電図モニターを見つめていれば看護部長がやってきた。容態の安定した患者の事を話しつつ、当直は内科の陶山に変更になった事を伝えた。

「聞いたわ。彼女は?」
「僕が連れて帰ります、寮になんて置いておけない」
「そうね……浅川は」
「見当たりません、夜勤なんでしょうか? でも……今は彼女と冷静に話せる気がしません」
「あの子に関しては他の医師からも苦情めいた報告は来ていたの。看護部としても処分は検討します」
 それから医局に寄って荷物を掴み取ると駐車場へ走った。車を裏口前に停めて食堂へ戻った。

 菜胡は外科のナースに付き添ってもらっていた。顔色が悪い。膝のガーゼと薄汚れた白衣が痛々しい。付き添ってくれていた彼女達に帰る事を告げ、陶山には特に診て欲しい患者について申し送りをしてようやく帰路につけた。

「菜胡おまたせ。さ、帰ろ」
 ん、と小さく返事をした菜胡がごく自然に、棚原の首に腕を回した。膝の裏と背中に腕を通して、菜胡を横抱きにし車に運んだ。
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