例えば今日、世界から春が消えても。
僕の顔を長い事見つめていた彼女の顔が、幸せそうに綻んでいく。


「うんっ…!私も、空の上から手振るね。冬真君がどんな姿になっても見つけ出して、名前呼ぶから」


僕の左手が、さくらの柔らかな毛糸の帽子に触れる。


少し前までは将来の事すら考えられなかった僕が、今こうして君と未来の話をしているなんて誰が想像出来ただろう。


肉体はなくても、彼女とこれからも一緒に過ごせるだなんてこの上ない幸せで。



「さくら、ありがとう。…大好きだよ」


僕は、そっと彼女の方に顔を近づけた。


「私も、…」


全てを理解したさくらが、微笑んだままゆっくりと目を瞑る。


彼女の長いまつ毛が少し震えて、

そして、僕達の唇がゆっくりと触れ合う。


彼女の唇は熱くて、こちらまで火照りそうになった。




「…神様がどうして私に春をくれたのか、疑問に思う事があったの」


お互いの唇が離れた直後、不意に彼女がそんな事を口にした。


僕は、黙って彼女の話に耳を傾ける。


「神様を恨みそうになった事もあったけど、……今思えば、」


彼女は、僕の目尻に光る涙を拭って再び微笑んだ。


「冬真君を生かすために私が生かされたのかなって、思うんだ。…もしもそうなら、凄く幸せ」


「っ…、」


僕の視界が歪み、一瞬にしてさくらの姿を見失う。


以前、僕は彼女の事を利用していた時期があった。


さくらの偽の恋人になる事で、自分の生きる理由を見つけたと思って。


あれは僕がしでかした過ちなのに、彼女はそれすらも許そうとしているんだ。


「やだ、何で泣くの…?私達が出会ったのは偶然じゃなくて、運命だったんだよ。絶対そうだよ……だから、大丈夫」


言葉すら紡げずに嗚咽を漏らして泣きじゃくる僕を見ているであろうさくらが、ふふっと吐息を漏らして僕の顔を引き寄せる。



「私の分まで、ちゃんと生きてね」



彼女の囁くように小さな声は、僕の鼓膜を震わせて消えていった。


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