例えば今日、世界から春が消えても。
彼女は、彼女に選んでもらった大切なワンピースを身に纏っている。


「今やってるとこだから、横から口挟まないでくんない?」


サッカーの事以外はやる気が起きないと言っていた大和でさえ、“俺が風船係やる”と、飾り付けの作業を快く引き受けてくれた。

もちろん、さくらからのメッセージが入ったサッカーボールも持参して。


「じゃあ、僕は花瓶に水入れてくるね。看護師さんが新しい花を持ってきてくれたから」


かくいう僕も、クリスマスプレゼントに彼女から貰ったアルバムを持って来ていた。


そこに収められているのは、いつもと何ら変わらない日常の切れ端。

でも、そこにはさくらが生きた証が残っているから。



床に座って風船を膨らませる大和、椅子に座って真剣に飾り付けの構成を考えている2人にそう告げた僕は、空の花瓶を持って病室を出た。



…とても、今日がさくらの命日になるなんて信じられない。

病室のドアを閉めた僕は、小さく吐息を漏らした。


窓から見える空は雲1つないけれど、季節は冬だから相変わらず寒いし、今日という日は至っていつも通りに過ぎていく。


でも、さくらがこの大空へ羽ばたく時は刻一刻と近づいているんだ。


「はぁー…」


それに対する実感がまるで湧かない中、僕は小さく息を吐いて廊下の角を曲がる。
< 205 / 231 >

この作品をシェア

pagetop