例えば今日、世界から春が消えても。
「僕、あれからずっと考えてたんだけど」


僕達を取り巻く空気が一瞬で柔らかくなった事を感じながら、僕はずっと疑問に思っていた事へと会話を広げていく。


彼女はこうなる事を予測していたかのように、神妙な顔で頷いた。


「飯野さんが、その…白血病だったのは本当なんだよね?」


「うん」


「そこは僕も理解出来るんだけど、…飯野さんが“春を盗んだ”ってくだりがどうしても理解出来なくて」


黙って僕の話を聞いていた彼女は、そうだよね、と笑った。


その笑顔は何かを諦めているようにも、疲れているようにも見受けられた。


「でも、君が嘘をついてるとは思えないんだ」


言葉を続けると、彼女は驚いたように顔を上げる。


「だから…信じるか信じないかは置いておいて、とにかく君の考えを聞きたい。春に関する、考えを」


飯野さんは、感情を含めた春の全てを知っていると言っていた。

だからこそ、僕も知りたいんだ。


そう伝えると、彼女は口を半開きにしたまま固まった。


もしかすると、僕がこんな事を言い出すなんて夢にも思っていなかったのかもしれない。


でも。


「ありがとう。…長くなると思うから、座ってよ」


彼女は、煌めく笑顔を浮かべて頷いたんだ。




「まず、私の病気は完治してないの」


僕が椅子に座ったのを確認した彼女が紡いだ言葉は、衝撃的なものだった。
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