恋をするのに理由はいらない
 旭河は、親友同士だった川村と朝木の先祖が作った会社だ。だが、2人はいつしか袂を分かち、そしてそれを朝木の先祖は激しく後悔していたと聞く。彼が今際の際で言った『もう一度川村と働きたかった』と言う言葉を叶えたい。朝木の家にはなんとなくそういう思いがあった。
 そして、それを聞かされて育った俺は、いつか旭河の経営の一端を担う立場になりたいと漠然と思っていた。そして、今は旭河本社にいなくとも、いつかその頂点に立つ親友(そういち)の姿を想像していた。

「父の私が言うのもなんだが、創一は一番上に立つ柄じゃない。あんなに何を考えているかわからない男、周りの人間が苦労するだろう?」

 冗談めかして笑いながら社長は言う。
 
「この話……創一は知っているんですか?」

 膝に乗せた拳をグッと握ると俺は尋ねる。

「もちろんだとも。そのほうが気が楽だ、なんて。困った息子だ」

 創一に決して能力がないわけじゃない。むしろ、人並み以上にあるはずだ。今は規模はそう大きいとは言えないグループ会社に勤めているが、そこで入社5年目にして営業成績年間MVPをとるくらいには。それも、ぶっちぎりだったらしい。
 だが創一は『気がついたらそうなってただけで、別に目指したわけじゃない』なんて涼しい顔をして言っていた。

「わかりました。社長、創一に言っておいてください。お前だけ楽はさせない。いつか一緒に苦労させてやると」

 俺は笑みを浮かべて社長を見る。それに社長も「君たちが作る旭河を見るのが楽しみだ」と笑顔を返した。

 そして、2人の間だけだった話は先週大々的に発表された。
 旭河の創立記念パーティー。その席で俺と澪、創一と与織子の婚約と、俺が旭河の後継者になることを社長自ら発表したのだ。

 そこから1週間。そう、まだ1週間しか経っていないが、結婚式の場所と日取りは決まっていた。
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