聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

あなた、ケガ人なのよ!

「ちょっ、ちょっと、何をやっているのよ?」
「腕立て伏せ、だけど」
「それはわかっているわよ。そういう意味じゃないわ。ケガ人が何をやっているのって尋ねたのよ」

 非難をぶつけながら、まだ腕立て伏せをつづけている彼に近づいた。それから、腰に手を当て彼を見下ろした。

「だって、体を動かすのをさぼるとすぐに動かなくなってしまうからな。動かなくなるのはすぐだが、動くようになるにはかなりのときを要する。だから、わずかでも動かさなければ」
「あなたって、脳筋バカなの?まったくもう。いまの自分の状況がわかっているの?あなた、死にかけたのよ。重傷を負ったの。そりゃぁ鍛えているからこそ重傷ですんだかもしれないけど、フツーの人だったら死んでいたかもしれない傷なのよ。それを、まだ癒えてもいないのに腕立て伏せなんて……。そんなことする?」

 彼の言うことはよくわかる。それから、焦る気持ちも理解出来る。

 わたしだってそう。

 ケガを負ったり病になったら、ただ眠ってなどいられない。

 自分をだまし、ごまかして体を動かしてしまう。そして、よりいっそう悪くしてしまうのである。

「大丈夫。傷はかばっているし、負荷がかからないように工夫している」
「呆れたわ。そういう問題じゃないでしょう」

 思わず溜息が出てしまった。

「悪い悪い。わかった。もうやめるよ」

 彼は、ワイルドな美形にバツの悪そうな笑みを浮かべつつ床の上に胡坐をかいた。

「ほんとうに?わたしがあなたに背を向けた瞬間、何食わぬ顔で腹筋でも始めるんじゃないの?」
「おおっと、惜しい。腹筋はさすがに腹に負担がかかるからな。背筋をやろうかって思っている」

 彼は、両肩をすくめた。そのおどけた調子がおかしくって、思わず笑ってしまった。

 すると、彼も笑声を上げた。

 二人とも、しばらくの間笑いが止まらなかった。

「アヤ、心配してくれてありがとう」

 やっと笑いがおさまってきた。いきなり礼を言った彼は、生真面目な表情(もの)にかわっている。

「心配っていうよりかは、その、なにせわたしが傷つけたわけだし、せっかくここまで回復したのにこれでまた悪化して死んでしまうなんてことになったら、寝覚めが悪いでしょう?だから、お礼なんて言わなくってもいいのよ」

 自分でも可愛くないって思った。

 素直に「あなたのことが心配なの」って言えばいいのに。

「それでも気にはかけてくれている。だから、ありがとうと言うのは当然だ」

 生真面目な表情のまま、また礼を言われた。

 胸のどこか、自分でも表現のしようのない箇所がチリチリと痛むというか疼くというか、そんな違和感がすることに苛立ちを覚えてしまう。

 その瞬間、部屋のすぐ外に気配を感じた。当然、マリオも感じている。

 と同時に、扉がノックされた。

「どうぞ」

 マリオが返事をすると、音もなく扉が開いて侯爵の渋い美形が部屋の中をのぞきこんできた。

「おはよう。話し声がしたからね。二人ともよく眠れたかな?」
「おはようございます」
「おはようございます」

 マリオと同時に挨拶をした。

「お蔭様でよく眠れました」
「マリオ、床の上に座り込んでどうしたんだ?」
「侯爵からも注意してください。義兄(あに)はムダにきれい好きなのですが、風呂に入りたいときかないのです。それで、起き上がって歩きはじめたもののふらついてしまって。わたしが受け止めようとしたのです。ですがなにせわたしはか弱くて力がないものですから、わたしまでいっしょに倒れてしまって」
「それはそれは。マリオ、ムチャはやめた方がいい」
「は、はい」

 シュンとするふりをしているマリオと目が合った。

『はあ?きみが力がないだって?笑ってしまう』

 その彼のワイルドな美形に、はっきりそう刻まれている。

 覚えていなさいよ、マリオ。あとで傷口に薬草のかわりに塩を塗り込んであげるわ。

「だが、それだけ元気になったということだな。朝食の準備が出来たんだ。よければ、ここに運ぶが。一応、マリオにはグリッツを準備しているが、この分ならフツーに食事が出来そうだな」
「侯爵、いいのです。義兄(あに)はしばらく高熱で何も食べることが出来なかったのですから、胃にやさしいグリッツの方が無難です。よろしければ、義兄(あに)の分だけ運んでいただけますか?」

 マリオとまた視線が合った。

 彼の表情が苦り切っている。

 彼は、ぜったいにグリッツだけでは足りない。きっと、がっつり食べたいに決まっている。

 ふふん。さっきのお返しよ。

 ニヤリと笑ってみせると、彼は頬をプーッと膨らませた。

 そういう子どもっぽい仕草に、またしてもドキリとしてしまう。

 結局、わたしは侯爵と庭で朝食をともにすることにした。
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