聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

王太子殿下のやさしさ

「あの人は?」

 馭者台に向かいながら、皇太子殿下が砂浜上に転がっている暗殺者を指さした。

 薬で痛みがやわらいだのか、静かになっている。

「暗殺者です。二人が応急処置をしてくれました。このまま放置しておきましょう」
「放置したら、死んでしまうのではないのか?」
「可能性はあります」
「だったら、連れて行こう。ヴァスコ、彼も馬車に乗せてくれ」
「そんなバカな。ティーオ様。やつは、あなたの命を狙ったのですよ」

 皇太子殿下とヴァスコの会話をききながら、皇太子殿下はやさしいというよりかは、世間知らずなのだと思った。
 
 やさしさは、ときとして残酷な結果を招くことになる。
 
 せっかく助けてあげたのに裏切られるとか、助けたつもりが自害してしまうとか、その結末は様々である。

「ヴァスコ、頼む」

 皇太子殿下が、そういうことがそういうことを理解していなくても仕方のないことかもしれない。

 公爵令嬢であり聖女であるアヤもそうであるように、生まれながらに恵まれ不自由のない生活の中で生きている彼らは、現実がいかに厳しいものであるのかを教えられていないのである。

 現実。それは、一部の特権階級が生きる世界以外での現実の事である。

「では、わたしの馬の鞍にくくりつけます。油断させておいて、馬車内にいる二人を殺してしまうかもしれません。さらには、馬車の中から馭者台にいるあなたを刺したり突いてくるかもしれませんので」

 マリオの妥協案に、皇太子殿下もヴァスコも納得したみたい。

 結局、手負いの暗殺者は、マリオの馬の鞍にくくりつけた。

 そして、湖を出発した。

 せっかくきれいな湖の景色を堪能し、心静かにすごしたかったのに、とんだハプニングに遭遇してしまった。しかも、お土産まである。

 ヴァスコがマリオの馬の手綱を取り、馬車の左側で馭者台にいる皇太子殿下のすぐ横で馬を進めている。わたしは馬車の右側、マリオの横で馬を進めている。

 馬車の揺れを防ぐ為、あまりはやく進むことは出来ない。それでも、マリオはなるべくはやく慎重に馬車を馭している。

 マリオは、わたしとの初対面は馬車屋を装っていた。彼の馬が騎馬として完璧以上に調教されていることから、彼の馬のあつかいはかなり熟練していることがうかがえる。

 それはともかく、道中、隣国の皇太子殿下がどうして国境近くにいて、しかも違う国の聖女を訪れようとしているのか、という事情をきいた。

 皇太子殿下は、病にかかっているらしい。すぐに死に至るというわけではない。だけど、治るという見込みもない。どちらかといえば、じょじょに死に近づいているという。

 隣国には、皇子が複数人いる。彼は正妃の子ではなく、母親は身分の低い女性らしい。その母親は、彼を産んですぐに亡くなったという。身分の低い母から産まれ、後ろ盾もいない。ライバルは複数人いる。その彼が皇太子になったのは、彼が優秀だからか、あるいはカリスマ性があるのか、それともその両方なのか……。

 いずれにせよ、皇帝としての資質を備えているからに違いない。

 病を癒してほしい。完治までとは望まない。せめて皇帝として国を、というよりかは皇宮内をまとめあげるまででいい。贅沢を言えば、自分にかわる者が見つかるまででいい。そこまで生かしてもらえるだけの力と加護をあたえてもらい。

 そういう切実な願いを叶える為、こっそりやって来たという。

 それをきき、いっきに気が重くなってしまった。

 ムリなの。そんなこと、わたしに出来るわけがない。

 アヤなら出来る。だけど、いまのわたしではまだムリにきまっている。

 まさか、薬草を煎じて飲ますとか体中に膏薬を塗貼りまくる、というわけにはいかないでしょうから。

 それこそ、偽聖女のしそうなことよね。

 さて、誤解を解かなきゃならない。というよりかは、勘違いを正さなきゃ。

 せっかく隣国まで足を運んでもらったけど、出来もしないことを期待を持たせたままではフェアじゃない。いまのうちに、真実を話しておかければ。

 心の中で気合を入れてから、馭者台へと(こうべ)を巡らせた。

 馭者台に並んで座っている二人が、あまりにも同じすぎる。それこそ、「世の中には自分に似ている人がいる」というレベルじゃないほどそっくりである。いいえ。そっくりというよりかは同じと表現出来る。

 いまのわたしには、これはもう双子としか思いようがない。

 そのとき、二人越しに向こう側で馬を歩ませているヴァスコと視線が合った。

 その何とも言えぬ表情を見た瞬間、なぜか心がざわついた。

 彼は、何かを知っている。

 そう直感した。

 これは、アヤの聖女の力によるものではない。そして、わたしの暗殺者としてのスキルによるものでもない。

 わたしたち二人の「女の直感」、というものである。
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