聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

拒否、じゃないのよ

「す、すまない。おれは、おれはなんてことをしてしまったんだ」

 マリオの狼狽しきった声にわれに返った。

 わたしの上で、彼は母親に叱られた小さな子どもみたいに怯え震えている。

「マリオ、ごめんなさい。違うのよ」

 手を伸ばし、彼の頬をやさしくなでた。

 誤解をあたえてしまった。彼は、拒否されたと受け取っているに違いない。

 厳密にはそうかもしれない。だけど、それはわたしの気持ちではない。アヤの意識である。彼女はまったく経験がない。元婚約者とも口づけすらしたことがなかった。聖女という甲冑をまとっていたからである。さすがの元婚約者も、その甲冑に怖れをなしていた。だからこそ、他の女性にそれを求めたのだ。

 何もかも初めてなら、怯えてしまってもおかしくはない。

「きいて、マリオ」

 上半身を起こし、胡坐をかいた。

 この時点で色気も何にもなく、これ以上のいい雰囲気は望めなくなってしまった。

 だけど、すでにマリオもそんな気分はぶっ飛んでしまっている。

 それよりも、彼の誤解をといておかないと。

「ほんとうにごめんなさい。だけど、あなたを拒否したわけじゃないの。たぶん、アヤの意識だと思う。ほら、彼女ってこういうことは経験がないから……。いくら婚約者がいたからって、基本的には婚儀までそんなことはしないでしょう?あのドスケベな元婚約者の王太子は、さすがに聖女には指一本触れていないのよ。まあ、あいつは義姉やその他のご令嬢たちとヤッていたから、必要なかったんでしょうけど。とにかく、聖女で淑女の彼女には、口づけであってもかなりハードルが高いに違いないわ」

 自分でもどうしてこんなに言い訳を連ねているのかわからない。

 誤解をときたいが為だけど、それにしたってこれほど全力の言い訳なんて、と不思議に思ってしまう。

「だから、さっきのはあなたが嫌いとかじゃないから。あっ、でもね。かといって、カリーナ(わたし)はヤル気満々とか、あなたが欲しくてたまらないとかじゃないから。そんなの、ただの欲求不満の色ボケババァですものね。って、ババァなんて年齢じゃないけど。とにかく、そこのところも誤解しないでね」

 わたしってば何を言っているの?

 そんなこと、口にだして言ったらリアルすぎて気持ち悪すぎじゃない。

「マリオ、いいわね?」
「あ、ああ」

 真向かいで同じように胡坐をかいている彼に手を伸ばし、そのがっしりとした肩をつかんで揺さぶった。

 たとえ彼がわかっていなくても、わかったと言わせたかった。

 強引だけど、彼が傷つかないようにしたい。その気持ちでいっぱいである。

「アヤの姿でこんなこと言うのもなんだけど、あなたには忍耐力が求められることになる。これに懲りず、じょじょにアヤの意識を慣らしていって。そして、モノにするのよ」

 ってわたしってば、いったいどういうアドバイスなの?

 ということは、カリーナ(わたし)自身も忍耐力が求められるってことよね。

 仕方がない。アヤに恐怖心やストレスをあたえることなく彼とヤルのよ。

 そう決意した夜だった。


「おはよう、マリオ。どう、気分は?」
「アヤ、おはよう。ちょっと緊張しているかな?」

 結局、昨夜はあのまま自分の部屋に戻って眠った。もちろん、一人でである。

 昨夜、マリオとしっかり話をしたお蔭で、気まづい思いをせずに彼の部屋へ行ってフツーに会話をかわせている。

 昨夜、彼と話をせずに部屋に引き取っていたら、きっと気まづくって顔をあわせにくかったに違いない。

 あいかわらず、彼はワークアウトに余念がない。

 彼の部屋へ行くと、彼は腕立て伏せをやっていたようだ。

「あまり無茶はしないでよ」
「無茶はしていないよ」

 注意しようと口を開いたら、彼が先手をうってきた。

「最初の腹部の傷は癒えていないんだから」
「腹部の傷は、すっかり大丈夫だよ」

 さらに注意をしようとすると、またしてもかぶせてきた。

「ちょっと、どういうつもりなのよ。わざとでしょう?」
「タイミングがピッタリなだけさ。わざとじゃない」

 またまたかぶせてきた。

 腕立てを続けながらからかってくる彼の背を、思わず踏みつけてやりたくなった。ジャンプしてはずみをつけ、乗っかってやりたい衝動に駆られてしまった。

 ダメよダメ。

 わたしは大人なんだし。大人な女性を演じなければ。

「それで?さっきの緊張する、というのはどういう意味なの?」

 昨夜、彼は緊張しまくっていた。もっとも、わたしもだけど。

 今度は、何にたいして緊張をしているのかしら?

「うーん。皇太子殿下に会うのがだよ」

 彼は、腕立て伏せの姿勢から石床上に胡坐をかいた。

「マリオ。あなた、わかっていたんじゃないの?」

 ずばり尋ねてみた。

 顔や雰囲気が瓜二つというのもめずらしい上に、黒髪に黒い瞳だなんていったらかなりの高確率で同じ遺伝子を持っているとしかかんがえようがない。

 皇太子殿下はマリオが黒髪を金髪に染めていることは知らないから、「似すぎている」程度に驚いただろうけど、マリオは当然わかっている。

 兄弟とか双子じゃないのか?

 そんなふうに、疑い以上のことをかんがえていたに違いない。
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