聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

ヴェッキオ皇国の皇都にて

 ケガ人を馬車に乗せ、皇太子殿下はマリオといっしょに馭者台に乗った。

 偽侯爵の家畜たちは、小屋から解放してありったけの飼料をぶちまけておいた。餌がなくなったら、それを求めて人のいるところに行くはずである。

 ただ、偽侯爵が騎乗していたあの黒馬だけはちょうだいすることにした。

 あの駿馬は、放置しておくにはもったいない。

 さらには、ヴァスコとマリオと三人で話し合い、地下牢奥の鉄扉を開けることにした。

 万が一にも助かるようなことがあれば、偽侯爵はかならずやわたしたちを追いかけてくる。そうなれば、面倒この上ない災厄に見舞われてしまう。

 もしも復活を果たさなかったとしても、やはりジワジワと苦しんで死なせるのもどうなのかということもある。

 出発前に三人で地下牢へ行き、ヴァスコが重い鉄扉を開けた。

 それから、偽侯爵の様子を確認することなくそこをあとにした。

 そして、何食わぬ顔で皇太子殿下に出発する旨告げ、古城を去った。


 これでやっと、プレスティ国からおさらば出来る。

 本来の偽聖女の罰としてあたえられた国外追放を、いよいよ実践出来るのである。

 馬上振り返ることもなく、国境を越えてヴェッキオ皇国へ入った。

 ここからがわたしたちのあたらしい人生なのである。


 ヴェッキオ皇国の皇都は、プレスティ王国の王都と似たり寄ったりである。

 つまり、富裕の差が激しすぎる。だから、街の一画では人々が路上で寝泊まりをしていたり、盗みやたかりが横行していたりする。一方で、皇宮に近い区画になると、大きな屋敷が建ち並び、路上には塵一つ落ちておらず、静けさと荘厳さが満ち溢れている。

 どこの国も同じような光景よね。

 これがアヤの視点なら、不都合な光景は見てみぬふりや素知らぬふりをするのかもしれない。これは、何もアヤだけのことではない。たいていの上流階級の人間は、住む世界の違う光景はけっして見ようとしない。目をそむけておけばいい。それだけのことである。

 だけど、わたしはどうしてもそういう不都合な光景を目にしてしまう。これでも一応、男爵家令嬢だった。しかし、愚かな父のせいでどん底に叩き落された。わたしは、そこで人間の嫌なところや汚い面をいやというほど見せられた。思い知らされた。

 だからこそ、どうしてもそういう光景ばかりが目に入ってしまうわけである。

 それはともかく、皇太子殿下は、静養先のヴァスコの実家であるアレッシ家の領地から皇都へと戻ってきた。

 しかも、静養中に大事件が起きた。

 隣国プレスティ国との国境にある湖で、正体不明の暗殺者集団に襲われたのである。幸運にも、そこにはプレスティ国の聖女の一人とその従者がやって来ていた。

 聖女は、政争によってプレスティ国を国外追放されたのである。

 皇太子殿下が襲われたとき、聖女と彼女の従者が助けてくれた。

 聖女は、傷を負った皇太子殿下の命を癒しの力で救った。

 そればかりではない。聖女は、皇太子殿下の病も癒しの力を使って完治させたのである。

 皇太子殿下は自分の執務室に宰相を呼びつけ、そんな内容のことを語ってきかせた。

「彼女が、プレスティ国の聖女にして公爵令嬢であるアヤ・クレメンティだ」

 皇太子殿下が宰相に紹介してくれた。

 宰相の名は、フェルモ・リゴーニらしい。禿頭で碧眼。いかにも、権力と金貨が好きそうな顔付きをしている。

 悪いけど、一目見た瞬間嫌いになった。

「宰相閣下。アヤ・クレメンティ公爵令嬢でございます」

 ドレスの裾を上げ、丁寧にお辞儀をした。

 まだアヤに憑依したばかりの子ども時分、何度も何度も練習をしたお辞儀である。

「ヴェッキオ皇国の宰相フェルモ・リゴーニです」

 訂正。彼の好きなものは、権力と金貨と女らしい。

 垂れ下がった両頬の肉の上にある両の瞳は、好色家そのものの色を帯びている。

 娼婦をしていたころに相手をした上流階級の多くが、こういう瞳をしていた。

 いまも、わたしのことを頭の先から爪先までねっとりと眺めてチェックしている。

 執務机に座る皇太子殿下の横に立っていてよかった、と心から思った。

 こんなハゲデブのすぐ近くに立っていたら、頭の一つ叩いてしまったに違いない。

「聖女様のことは、いろいろうかがっております。噂通り、お美しい方ですな」
「お世辞でもうれしいですわ、宰相閣下」

 ドスケベ、ジロジロ見るんじゃないわよ。

 ついつい心の中で素の自分が出てしまう。
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