聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

アヤの四度目の人生の殺人者

「きみも飲まないか?おごるよ。もちろん、もっとまともな食い物も添えてね」
「あの、飲めないのです。お酒は飲んだことがなくって」

 おバカさんの顔を見ず、モジモジしながら言った。

 嘘じゃないのよ。アヤは飲めないのだから。彼女はここで酔わされ、このおバカさんの言いなりになってしまったの。

「大丈夫だって。酒といっても、弱い酒だから。アイーダ、ウイドーを頼む。このレディにもな。それから、もっとマシな食い物を出してくれ」

 おバカさんが注文をしたけど、アイーダという名の女主人はきこえたかきこえなかったのか、見事に無視している。

 だけど、きこえていたみたい。背の低いグラスに入っている琥珀色のお酒と、見るからにかたそうなパンが出て来た。

 パンは、皿の上に二個無造作に置かれているだけである。

「ほら、ウイドーっていう酒だ。これは、葡萄酒なんかよりずっと弱い酒だよ。酒を飲んだことがなくっても、ジュースみたいだから飲めるはずだ」

 へー、そうなんだ。
 ウイドーは、散々男をひっかけてヤリまくる未亡人でも容易にたらしこめるほど強いお酒のはずなんだけど。

「ほんとうに弱いお酒なんですか?」

 淑女のふりも大変だわ。

 琥珀色の液体の入っているグラスを持ち上げ、酒場内の薄暗い灯りにかざしてみた。

 うわっ!グラス、ちゃんと洗ってないじゃない。

 グラスに指紋や唇の跡がつきまくっている。

 しかも、水で薄めている。本当のウイドーは、もっと濃い色なのに。

 まぁそういう意味では、たしかに弱いかもしれないわね。

「さあ、遠慮なく」
「じゃ、じゃあいただきます」
「きみとおれの出会いに乾杯」

 おバカさんが、わたしのグラスに自分のグラス(それ)をぶつけて来た。

 何が「きみとおれの出会いに乾杯」よ。こんなクソみたいな酒場で、いたいけな淑女をだますために言う台詞じゃないわよ。

 とはいえ、喉はからっからなのよね。とりあえず、グラスのきれいそうな縁に唇をつけて飲んでみた。

 なにこれ?もしかして、琥珀色に染まっている水?ウイドーっていう名の湧き水か何か?
 もはや、お酒の原型を止めてはいないわ。

 ってかアヤったら、いくら聖女様だからって、こんな水みたいなお酒に酔っちゃったってこと?

「ほら、たいして強くないだろう?もう一杯どうだい?」
「飲んだことがないから、よくわからないのです。だけど、美味しいです」
「アイーダ、もう一杯ずつ。いや、どんどん持って来てくれ」

 たとえ水みたいでも、樽レベルで飲めば少しは気持ちよくなるかしら?

 彼の奢りだし、一応お酒だし、久しぶりだし、とことん飲んじゃえ。

 とことん付き合ってあげるわよ。それからお望み通り部屋へ連れて行ってあげるわよ、おバカさん。

 だから、ちゃんと最後まで意識を保ってついて来てよね。

 琥珀色のグラスの影に隠れ、笑みを浮かべた。



 可愛そうに。おバカさんったら、すっかり出来上がっちゃって。でも、わたしも酔っているふりをしなきゃならないから、可愛そうなのは同じよね。

 水みたいなお酒でも、三十二杯も飲めば酔いはまわるみたい。

 おバカさんは、何度もトイレに行かなきゃならなかった。呂律も足元もおぼつかないし、意識もヤバそうになっている。

 この辺で勘弁してあげようかしら。もう飽きてきちゃったし。

 かくいうわたしは、実はかれより杯の数自体は多く重ねている。だって、水をいくら飲んだところで水にかわりない。

 眠くなって眠ったふりをしている。カウンターに突っ伏し、完全にダウンしたふりをしている。

「しょうが、しょうがないなぁ。へ、部屋に連れて行ってやる、よう」

 彼が呂律のまわらない口で言い、何度もふらつき転びながら、やっとのことでわたしの部屋にやって来た。

 一つ褒めてやりたいのは、わたしのトランクをきっちり持って来てくれたことね。

 もっとも、それもおバカさんがトランクの中に金目の物が入っていると思っているから運んでくれただけなんでしょうけど。

 酔っていても、そこのところはちゃんとしているみたい。

 さすがは小悪党ね。

 だけど、彼ったら部屋に入りなり気絶しちゃった。

 やはり、飲みすぎなのよ。

 小さな窓にはカーテンすらかかっておらず、月明かりが射し込んでいる。灯りは、わざとつけない。必要ないから。

 宿屋のはずなのに、掃除という概念がなさそうな床上で鼾をかいているおバカさんの頭を、乗馬靴の爪先で蹴ってみた。

 一瞬、鼾の音階がかわったくらいで特に反応なし。

 面倒くさいから、このまま床上に転がしておくことにする。
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