お嬢様、今宵は私の腕の中で。

月が、輝いていた。

九重といるときは、いつも月が出ているような気がする。

雲に隠れたりせず、はっきりした月が光を放っている。


「……いいよ。キスしても」


唇から落ちた言葉は、夜気に溶けて消えていった。

それでも、九重はしっかり聞き取ってくれるだろうと思っていた。


「……本当に?」


ほら、やっぱり。


うかがうような目を向ける時点で、大体心のうちは分かる。

こくりと頷くと、静かに流れた碧眼がわたしをまっすぐに捉えた。


物音ひとつしない夜に、小さな音がひとつ。

そっと額に落とされた唇は、僅かに震えていた。


……怖くなかった。


全然嫌じゃなかった。



その事実だけで十分だった。

自分の想いを知るには十分すぎた。

< 232 / 321 >

この作品をシェア

pagetop