お嬢様、今宵は私の腕の中で。

その瞬間、ドクッと心臓が苦しいほどに強く鼓動した。


九重には、心に決めた人がいる。

ただそれだけの事実が、苦しくて。



「彼女のことを、片時も忘れたことはありません」


もういい、お願い、続けないで。

これ以上聞いていられない。


ガサッと音がするのも構わず立ち上がって、屋敷の中に駆け込んだ。



「お嬢様……!?」



後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえてくる。


いつだって、わたしを安心させる声。

ふわふわと幸せな気持ちにさせる声。


だけど、今は。


誰よりも、わたしを傷付ける声だった。


ズキズキと心臓が引き裂かれたように痛い。



なんで、なんで、なんで。



どうしてこんなに苦しくなるの。

なんで涙が溢れそうなの。



夢中で走っていると、「お嬢様」とまた優しい声が響いた気がして、じわりと視界が歪んでいった。
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