お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「では、お部屋に戻りましょうか」
「そうだね」
頷いて、お姉ちゃんたちが向かった方とは反対側の自室に向かう。
歩いている途中で、ふわぁとあくびがこぼれた。
時刻は11時近くになっていて、普段早く寝るわたしにとって、今夜は大幅な夜更かしだった。
「眠たいのですか」
「……ぅん、眠い」
駄目だ。瞼がどんどん落ちてきてしまう。
さっきまでお姉ちゃんと話すのに夢中だったからかな。
一気に睡魔が襲ってきてしまった。
九重への返答も随分虚ろなものになり、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまう。
「この様子では、断念するしかなさそうですね」
「だん……ね、ん?」
「まあ、焦ることはありませんし。お嬢様がすべて思い出された時まで、おあずけにしましょう」
その言葉と同時に、ふわりと身体が持ち上がった。
九重にお姫様抱っこされているんだ、と頭の隅で小さく思って、思わず口角が上がる。
どんどん力が抜けていく身体を素直に九重に預けて、重くなる瞼に抗うことなく眠気に従った。
「ねえ、ここのえ?」
「なんでしょう」
「好きな人、いるの、?」
色々なことがありすぎて、家を飛び出した理由を忘れてしまっていたような気がする。
思ったことを口にしてみるけれど、瞼がおりてくるのに時間はかからなかった。
「私が愛する人は─────」
抵抗も虚しく、九重の顔が見えなくなった。
目を閉じる直前、艶やかな微笑が降ってくる。
─────わたしは、大好きだよ。
その笑顔に心の中でそっと呟いて、わたしは意識を手放した。
「貴女しか、いないのに」
専属執事がそう呟いていたことには、気付かないままで。