お嬢様、今宵は私の腕の中で。

問いかけると、九重は微笑んでわたしにぐっと身を寄せた。


ち、近いよ……。


これじゃまるで美の暴力だよ。



「お嬢様と同じようなものです」

「え?」



わたしと同じようなものってことは、自分の名前に由来するってこと?



「え、でもわたし、九重の名前知らない」

「執事は名前を明かせないのです」

「だよね。九重、名乗る時も苗字だけだったし」

「苗字が分かれば呼べますからね」



じゃあどうしようもないじゃん!と落胆しそうになるけれど。



「もしかしてこれって、九重の名前を知るチャンス……?」

「さあ、どうでしょう」



九重はそう言って、運転手に出発を促した。



「ねえ、当てたらご褒美くれる?」



なにげないつもりだった。


1つだけわがままをきいてもらったり、欲しいものを買ってもらうつもりで放った言葉だったのに。



「────ご褒美?」



九重の眉がぴくりと動く。



「え、ここの、え?」



ゆっくりと、いつかの夜に浮かべたような妖艶な微笑をたたえる九重。



「お嬢様が私の名前を当てたその暁には」

「暁、には……?」



ごくり、と唾をのむと、ぐっと更に顔が近付く。



「今日のように、"初めての経験"をお嬢様にプレゼント致します」

「え?」

「その代わり、お嬢様の"初めて"を頂戴しますので、覚悟しておいてください」



初めて、って。


それに、プレゼントして、頂戴するっていったいどういうこと……?



よく分からないけれど、いつもより色を増しているその瞳の艶っぽさといったら。


色気が溢れるどころか、リムジン内に充満しそうな勢いだよ、これは。



「あの、ここの、え……?」



手袋がはめられたその細い指が、わたしの顎をとらえて、くいっと上に引き寄せる。



そして、ふっと耳元に唇が寄せられ、それはそれは色っぽいささやきが耳朶に響いた。





「────冗談ですよ、お嬢様」





どうやら専属執事さんは、なかなか素直になってくれないらしい。

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