同期のふたり〜高山と谷本の場合〜

金曜深夜0時

「もー、飲み過ぎだよ大丈夫？」
「んー…」

　金曜深夜0時。
　高山紗季はフラフラ歩く同僚の谷本を連れて家に向かっていた。2人が参加するプロジェクトがひと段落し、チームのみんなで祝杯を上げたのだ。谷本は特にこのプロジェクトの企画から始め、半年以上かけてここまで形にした感慨がひとしおだったのだろう……底無しに飲める牧原課長の隣で見事に潰れるまで飲んだ。

「課長につきあってたらそりゃ潰れるよ。途中で原さんが止めようとしてくれたのに。」
「んー…でもさー、課長には今回本当に世話になったから…」
「ふーん…」

　紗季は今回補佐での指名だったので、谷本に対して細かなフォローをして来たつもりだった。だが、中心として企画を進めるにはやはり重圧があったのだろう。谷本も紗季も、会社ではやっと戦力になってきた、入社6年目。まだまだ上司の助けを借りなくてはできない事も多い。

「ほら、着いたよ。階段登って。」

　そもそもなぜ谷本を家まで送っているかというと、紗季と同じアパートの住人なのだ。紗季が住んでいるのは302。谷本は204。全12室のこのアパートを、会社が社宅として何部屋か借りている。今は2人以外の社員は住んでおらず、他は一般の人だ。

　谷本の部屋の前に着いた。
「ねぇ、カギは？」
「んー…うぅ……頭グラグラする」
「……ったくもー、カバン開けるよ？」

　ほとんど中身の入っていないリュックの中を探るとカギが出てきた。
　ガチャ。ドアを開けてやると谷本がフラフラと入っていく。
「うう…」
　呻きながらベッドに倒れ込み動かない。

「……」
　玄関にリュックを置きながら、紗季は迷った。普通ならこれで任務完了、さっさと出て行くのだが……

「部屋、暑いな……」
　そう、今は8月。今日も記録的な猛暑日と盛んに報道されていた。夜になってももちろん熱帯夜。昼間たっぷり西日が差したであろう谷本の部屋は、寝ている間に熱中症になるような暑さだった。

「……お邪魔します。エアコン、付けるからね。」

　聞こえていなそうな谷本にいちおう声をかける。人命がかかっているとはいえ、彼氏でもなんでもない男の部屋に上がるのは落ち着かない。

　スマホのライトを頼りにリモコンを探すのには少し手間取ったが、何とか見つけ出した。ピッ、と音を立てて、紗季の部屋と同じエアコンが動き出す。紗季の部屋と間取りが左右逆で、不思議な感じだ。谷本に悪いのであまり見ないようにしたが、部屋の中は意外にキレイだった。

「ふー、じゃあ帰るね。」
「……」

　谷本は寝てしまったみたいだ。さて、私も帰ってシャワーを浴びて、などと考えて廊下に出た時、無意識に髪を耳に掛けた手が当たり、ピアスを落としてしまった。

「あ、やば」

　またスマホのライトで捜索する。よりによって、今日のピアスは持っている中でも一番小さいものだった。廊下に這いつくばって探す。同僚の家の廊下で、私は何をやっているんだろう。
何だか焦ってくる。


　
「うーん、無い…」



　
「……え、高山？」
　はっと声の方を向くと、谷本が立っていた。酔いが覚めてないのか、まだ少し顔が赤く、目がぼーっとしている。
　
「あ……えっと、ピアス落として……」
「ピアス……」

　探してくれるつもりなのか、谷本もしゃがんだ。
　私は密かに焦っている。どうしよう、私が勝手に家に上がり込んでいる状況の説明もした方がいい？いや、かなり酔ってるしスルーでいいのか…？？

「……ピアスって……これ？」

　え、あった？と顔を上げかけた私に衝撃が走った。




　

　谷本が、いつのまにか真正面にいて……ピアスが付いている方の耳に触れたのだ。

「……っ！？」

　咄嗟の事に固まっていると、谷本の指がそっと耳をなぞる。

「いい色、似合ってる」

　酔いが残った目でじっと見つめられ、谷本の真意が読めない。ゆるゆると耳周りを触れられて顔が熱くなってくる。

「……っ、なに……」
「かわい……」

「……っ、ひゃっ！」
ぐっと壁の方に押されたかと思ったら、耳を舐められた。思わず身を固くした紗季だったが、くすぐったいような優しい刺激に次第に力が抜けていく。

「……っ///」

　やっと左耳が解放された時には息があがっていた。

　「……顔上げて」
　「え……」

　返事を待たずに優しく顎を持ち上げられる。力の抜けた私はされるがまま。チュッ、とキスされた。

「……あー……やばい……」

　谷本が微かに呟くのが聞こえた。

「んっ、ん……」
　角度を変えて、軽いキスを何度もされる。

　……何が……やばいんだろ……ただの同僚とこんな事してること……？

　だんだん深くなるキスに、息はあがり、紗季の思考は霞んでいった。谷本の舌は紗季を翻弄し、気持ちいいとしか考えられなくなる。






　
　……どれくらいそうしていただろう。
「ピロン♪」
　スマホの通知にハッとして2人は止まった。

　
「……あ、私のスマホ…」

　急速に現実に引き戻される。私……雰囲気に流されて何をしてたんだろう。同僚と。やばい。これはまずい。

「わ、わたし帰るね！」

　パッと立ち上がると、逃げるように家を出た。とてもじゃないけど谷本の顔は見られない。

「……どうしよう、来週から……」
まだ顔が熱い。慣れた家に帰っても、ばくばく動く心臓がなかなか落ち着かなかった。