大嫌いの先にあるもの
「今朝、アパートの管理会社の人が来たんです。それで来週からアパートの解体作業が始まるからそれまでに出て下さいって言われて」

滝本さんが丸い目を大きく見開いた。

「ええっ、アパートの解体!」

「はい。なんか大家さんが変わって、アパートを潰して駐車場にするらしくて」

「前もってお知らせとかなかったの?」

「告知のビラは何度か入れてくれてたそうですが、私、DMだと思って読まずに捨ててたみたいで。だから今日まで解体の事全く知らなくて」

「他の住人は?」

「アパートに残ってるの私だけだって管理会社の人が言ってました」

滝本さんが深いため息をついた。

「今日は土曜日だよね。明日には出なきゃいけないって事でしょ!春音ちゃん、アルバイトしてる場合じゃないよ。すぐに引っ越し先探さないと」

滝本さんが興奮したようにテーブルを叩いた。

「そうなんですけど……行く当てがなくて」

ちらっと滝本さんを見る。

「滝本さん、新居が見つかるまで置いてくれませんか?」

「うちはダメよ。部屋空いてないから」

「納戸とか物置でいいですから、なんなら庭でも」

「納戸も物置も荷物でいっぱいだし、マンションだから庭なんてないし」

「じゃあ、ベランダで」

「春音ちゃん、本当にごめん。うち、おばあちゃんがいるのよ。物凄く神経質だから人を泊めたりできないのよ。それに上の子は受験生で今、気が立ってるし……。私が一人暮らしだったら置いてあげられるんだけど」

滝本さんがすまなそうに胸の前で手を合わせた。

優しい滝本さんなら置いてくれそうだと期待したけど、甘かった。そうだよね。家族と暮らしてるんだもんね。難しいよね。

しかし、困ったな。行く当てがない。
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