王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます

厨房にて悪女ぶる

 針仕事に飽きたというか疲れてしまった。だから、気分転換をしたい。

 久しぶりに森に行って読書でもしようかしら。

 そう思いつくと、行きたいという欲求が急激に高まる。

 ガラス扉へ視線を走らせた。

 開けているので、ガラスを通さず青い空と白い雲が見える。

 こんなにいいお天気なんですもの。部屋にじっとこもっているのはもったいない。

 せっかくだから、すでに手直し済みの白いシャツとズボンに着替えた。

 机の上に積みっぱなしになっている本の中から、まだ読んでいない本を三冊つかむと胸元に抱え、部屋を出た。

 お腹まで減ってきたわ。

 厨房によってサンドイッチでも作りましょう。

 というわけで、厨房によってみることにした。


「なんですって?」
「食糧庫にネズミが出ましてね。駆除している最中なんです」

 嘘かほんとうかはわからないけれど、料理長のダミアン・バシュラールは食材を譲ってくれるつもりはなさそう。

 彼は、これまで分けてくれていた。まぁ、たしかに渋々っていった感じは否めないけれど。そして、厨房にだれもいないときは、ストックしている食材を勝手に使って調理することに目をつぶってくれていた。

 それなのに、いきなりどうしたのかしら?

 いろいろかんがえていると、彼が向こうにいる料理人たちをチラチラと見ていることに気がついた。

 ははん。圧力がかかったのね。

「もしかして、わたしのせいで困っているの?」

 声量をかぎりなく落として尋ねてみた。

「すみません。料理人の一人が、あるはずの食材がないと騒ぎはじめまして」

 やはり、ね。

「わかったわ。悪かったわね。これ、今回の分のレシピよ。そんな顔をしないで。大丈夫。レシピは、これからも提供するから」

 食を極めた料理人らしく、でっぷりと太った体に小ぶりの顔がのっている。そのアンバランスぶりが、彼をチャーミングに見せている。

 彼は、王宮の料理人たちをまとめる役を担っているわりにはまだ若い。三十代半ばくらいかしら。

 いつも頬っぺたが真っ赤っかで、それもまた彼をチャーミングに見せてくれる。

 料理人たちは、毎日料理を提供しなければならない。王族たちが要望しないかぎり、同じレシピを頻繁に出すわけにはいかない。だけど、レシピにもかぎりがある。
 まだ若い彼は、料理の経験自体まだ多くない。しかも、この国や近隣諸国の料理くらいしか接することがないはず。だとすれば、それもかぎりがある。

 だから、取引をしたのである。

 厨房と食材を使わせてもらうかわりに、レシピを提供する、と。

 この取引は、わたしの「戦利品」の経験が役に立ってくれた。

 どの国でも、小説とおなじようにレシピ集や料理本を読んだり見たりしている。暇だから、メモをとっているレシピも多い。

 それらを自分なりにアレンジしてメモを作り、彼に渡しているのである。

 彼は、真っ赤な頬っぺたをよりいっそう真っ赤にしている。

「レシピだけじゃないわ。あなたの立場が悪くならないようにしないとね」

 さらに声量を落として告げてから、不敵な笑みを浮かべてみせた。すると、彼の小さな目が丸くなった。

「なんですって?食材を譲れない?」

 厨房内に響き渡るような大声をはり上げた。

 向こうの方でわれ関せずだった料理人たちが、いっせいにこちらに注目をした。

「わたしを何だと思っているの?王太子妃よ。料理を作らないばかりか、オレンジの一つもくれないわけ?白パンの一つもあたえてくれないわけ?飢え死にしたらどうするの。ええっ?飢えに苦しめというのね。もういいわ。まったくもうっ、料理人がきいて呆れるわ。料理人の本質を忘れたクズどもね。覚えていらっしゃい。後悔させてやるわ」

 さらに声を張り上げた。力いっぱい怒りの形相にしてみたけど、顔がひきつっているようにしか見えていないかも。

 厨房の入り口に向かって大股で歩きはじめた。

「一つだけ忠告してあげる」

 厨房から出て行きかけたけど、足を止めて振り返った。

 厨房内にいるすべての料理人が、口をあんぐり開けてわたしに注目している。

「今後、出来上がった料理から目をはなさない方がいいわよ。この国の王族に、毒見役がいるといいのだけれど」

 不吉きわまりない台詞と笑みを残し、さっさと厨房を後にした。

 わたしってば、どんどん素敵な悪女になってゆくわね。
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